32 -2 クラーワと白い人形
大神殿は王都から馬車で二刻程の位置に座し、淡い光に包まれた尖塔を持つ。
聖女ソフィアを祀り、中央に聖女を模した立像のある祭壇と祈祷所がある。
「ようこそお越しくださいました。王妃陛下」
神殿長が出迎え、胸元に手を当て頭を下げた。
『聖女の人形』は前に進み、神殿長の後ろへ回った。
「折角お越しいただきましたが、神殿の奥にはご案内出来ません。お茶をご用意させていただきました。あちらの応接室で休まれますか?」
「そうね、早く帰って元老院の者たちに、何をしに行ったとあれこれ言われるのはね⋯⋯。少しお邪魔してもよろしいかしら?」
神殿長は『聖女の人形』に指示を出し、奥に下がらせた。
そして穏やかに微笑み、クラーワを神殿内に向かえ入れた。
神殿長に促されテーブルにつくと、馴染みのない茶を供された。
神殿の奥で栽培されている茶葉だと言う。躊躇していると神殿長が一口、口に含んでみせた。
クラーワはおずおずと口にすると、何ともすっきりした後味の茶だった。
「遠い故郷から持ち出された、チャノキという名の木の葉で出来たものです。葉を蒸した後、乾燥して湯で点てるのです。そちらの甘味と一緒にどうぞ。⋯⋯そういえば、王妃陛下はエピ公爵家ご出身でございますね?」
「ええ」
「初代のステファン様は発光微生物を発見なさった方でしたね。とても大きなお体でしたが、繊細でお優しい方でした」
「⋯⋯え?」
「ああ、申し訳ございません。そう記録に残っているものですから⋯⋯。ステファン様のお陰でこの神殿の維持ができますし、街にも灯りが灯って素晴らしいことだと思います」
「そ、そう。⋯⋯あの、『聖女の人形』というものが何なのか聞いてもよろしいかしら?」
「初代国王オルトゥス陛下に『聖女の人形』の製作を依頼され、新たな国王が即位する度に一人ずつ供与するよう言い使っております」
「彼女に⋯⋯その⋯⋯誰かを愛する心はあるの?」
「人形たちはそういった感情を持つことが無いように設定されています。今回、王妃陛下と会話が出来る様に設定し直す作業だけ行います。
情緒面が未発達ですので、戸惑われる事もあるかと思います。それだけはご容赦願います」
「そう⋯⋯? でも、わたくしには相談できる相手がいないの。だから、そうね、ただ話を聞いて、相槌を打ってくれる相手がいるだけで幸せよ」
「左様でございますか。では、なるべく王妃陛下の意に添うような調整を試みます。四日後においで下さい」
「お願いね。さっきのチャノキ? 王城でも育つかしら?」
「少し難しいかも知れません。エピ公爵領で栽培されているものは、こちらの土壌に合わせてチャノキを品種改良したものです。
葉を発酵させなければ先程のような茶になります。製法を次にお見えになった時にお渡し致します。茶葉もご用意致しましょう」
「ありがとう。嬉しいわ」
クラーワにとって庭で植物を育てるのは趣味でもあるが、孤独を紛らわすのにちょうど良かった。
ベニニタスはとても大事にしてくれるが、政務がある為ずっと一緒にいられる訳ではない。
無心になって世話をして、その結果が良ければ充足感を覚える。
チャノキを自分で育てれば満足感を得られそうだと思ったが、エピ公爵領から苗を送って貰った方が良さそうだ。
一つ楽しみが出来た。
クラーワが王城に戻り、チャノキをどこへ植えようかと庭園を散策していると、一人の年若い近衛兵が近づいて来た。
金の髪、整った顔立ち、程よく鍛えられた身体の青年だ。
男は庭園の花を一本手折り、輝かんばかりの笑顔でクラーワに花を差し出した。
「ああ、王妃陛下。今日も大変お美しい。これは私の気持ちです」
クラーワは表情を無くした。
──気持ち。気持ちですか。
「わたくしの前でこの庭園の花を無断で手折るとは、どういうおつもりかしら」
「ああ、クラーワ様! あまりにお美しい貴女にどうしても差し上げたくて! でも貴女の前ではこの花も霞んでしまう」
男は近衛兵ではなくて劇団員なのかと思う程大袈裟に嘆いてみせるが、それが一層クラーワの怒りを買った。
「わたくしが丹精込めて育てた花を愚弄するとは⋯⋯。部隊名と名前をおっしゃい」
クラーワの剣幕に一瞬怯んだが、お飾りの王妃には何も出来ないだろうとニヤニヤと笑うばかりだった。
「いいわ、衛兵。この男、縛り上げて。⋯⋯そう、それでいいわ。さて、誰の差し金?」
クラーワは後ろに控えた侍女から剪定鋏を受け取り、男の目の前に刃を向けた。
「この庭はわたくしが許可した者しか入れないの。入れる者はここの花をわたくしがどれだけ大切にしているか知っているのよ。
手折るなど以ての外だわ。貴方のその剣も持ったことがないような指を、同じ様に手折っても良くてよ?」
青ざめる男の周りをぐるりと一周して、クラーワは左耳に目を向けた。
「このイヤーカフ、偽物ね。⋯⋯ほら、取れた」
クラーワは作業用の手袋をして男のイヤーカフを取った。
近衛兵は貴族の子女がなるものだ。
貴族ならばイヤーカフは皮膚に馴染んで取れない。
「良く聞きだして頂戴」衛兵に手袋ごと渡し、踵を返した。
男は、ぎり、と歯を食いしばるとそのまま前屈みにうずくまり、うめき声を上げて息絶えた。
「王妃陛下、毒かもしれません。すぐ離れてお部屋にお戻りください」
侍女が身を盾にし、クラーワを部屋へと導いた。
クラーワは改めて自分の身に危険が及んだ事に恐れ慄いた。
そこまで自分を不要な存在と思っているのか。
──いや、怖がっている場合ではない。
それにしても、小娘と馬鹿にされるだけでは済まないとは。
相手は人の命に全く重きを置いていない。
次からは差し向けられた者たちの命も消えないようにしなければ。
もっと慎重に、だ。
報告を受け駆けつけたベニニタスに告げる。
「私は強くなります」




