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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 麻生あきら
第三章

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29 満たされないもの

 マールム公爵夫人、サラ・ガルシアは焼き菓子が盛られた籠を手に、王城を歩み進める。

 夫で王国の宰相であるマールム公爵 レオナルド・ガルシアの執務室へ。

 案内を受け、部屋へ足を踏み入れる。


「エミリオと外出しましたの。お土産ですわ。皆さんと召し上がって」


 レオナルドの右手に手を添え、籠を渡す。

 添えた手を籠の底へ誘導し、微笑む。

 レオナルドの片眉がピクリと動き、サラに微笑みを返した。


 二人は当たり障りの無い会話を交わす。

 レオナルドは籠の底から小さなプレートを抜き取り、袖の中に入れた。


「⋯⋯今日はありがとう。みなに配るよ」

「ええ、お願いしますね」


 サラは頭を頭を下げながら数歩後ろへ下がった。

 突然立ち上がったレオナルドに右手を掴まれる。

 顔を上げるとレオナルドがサラの指に口づけ、絞り出すように声を出す。


「本当に⋯⋯いつもすまない。有難う」


 謝るだけでは何も変わらないのよ? サラは心の中でレオナルドに告げる。

 そっとレオナルドから手を離し、執務室を後にした。


 


 サラがレオナルドに渡したのは、エミリオとの会話が録音されたカード。

『科学』がずっと昔から改良を重ねて使い続けている古代機械。

 他の部門には渡していない。


 マグノリア王国は科学技術を捨てた国だ。

『科学』はあえて普及させなかった。

 いつか自分たちが優位に立てる時を夢見て、古代機械の技術を継承している。


 そんな『科学』の密かな夢をジュゼッペは嗅ぎ取った。


「共に王家を討とう」


 そう言って近づいて来た。

 しかし、『科学』一門はそれに乗らなかった。

 王家を廃するのと、王家に認められるのとでは全く違う。


『科学』は認められたかったのだ。


 ジュゼッペは怒り、奸計をめぐらせた。

 ある夜会でサラの飲み物に睡眠薬を入れた。

 意識を失ったサラを休憩室でレオナルドに一晩介抱させた。


 二人の間には何も起こらなかったが、夜会に出席していた者はそうは思わなかった。

 ジュゼッペはサラが誘惑したと『科学』アルジャブラ伯爵に難癖をつけた。

 追い込まれた『科学』はアルジャブラ伯爵の娘サラと、科学技術を『内務』に差し出さざるを得なかった。


 


 

 レオナルドはジュゼッペの考えに同調していない。

 だが、表立ってジュゼッペに反対はしない。


 少年期に正義感から反抗して痛い目にあった。

 宰相になった今でも杖を使って打ち据えられる。

 キアラで学習したのか目立つ所を避けて。


 レオナルドはサラと情報共有の為に『科学』の機械を欲した。

 それが先程のカードと、その読み取り機だ。


 サラは何をエミリオに話したのかを伝える為に録音した。

 エミリオがどちらに付こうとも対処できるように。


 アンバーブロウの娘(クリス)の出現で流れが変わる可能性が出て来た。

 実際エミリオは変わった。


 サラは何もせずにいただけだった。

 処分されても仕方がないが、一族郎党処分されるのは避けたい。

 エミリオだけでも助けたいと願う。


 サラは急ぎ、家路についた。


 


 マールム公爵邸に着き、サラの薄手の外套を侍女が肩から滑らせる。

 居間の方から大声が響いてきた。


 先代公爵ジュゼッペは耳が遠くなり、以前にも増して大声で話すようになった。

 相手はエミリオらしく、彼も大きな声で返答している。


「どうかなさいましたか? お義父様」

「お前には関係ないわ! いや、エミリオでは話にならん。最近邸の周りをチョロチョロしてる輩がいる。知らないか?」


 サラが割って入ると、あからさまに嫌な顔をしたジュゼッペが怒鳴り散らした。


「エミリオが生徒会役員に選出されたからではないでしょうか。ねえ、エミリオ」

 エミリオに叛意があるのを気取られる訳にはいかない。

 チラリとエミリオを見ると意を汲んだように頷いた。


「はい。生徒会長がアルドー第二王子殿下ですので、身辺調査も致し方ないかと」

「ふん、あの本しか興味の無いボンクラか。他に誰がいる?」


 ──どうせもう知っているだろうに。白々しい。

 サラは胸中で呟く。


 エミリオがセーレナ、イシャーン、フリアと名を挙げ、最後に

「クローステール男爵令嬢、クリス・アンバーブロウ嬢です」

 と告げた途端、ジュゼッペの顔が醜く歪んだ。


「あの女の娘か。エミリオではなく、その娘の件で嗅ぎまわっても大した事は分かるまいよ。とっくに知れた事だ」

 重厚な組木細工のサイドテーブルに置かれていた酒の杯をあおり、ふん、と鼻を鳴らす。


「エミリオ、お前はその娘の警戒心を解いて籠絡しろ。半年程かけて構わん。こちらもその位は大人しくしていてやろう。お前に依存するくらいまで出来たら尚良い。使い道は幾らでもある」

「⋯⋯承知しました」

 エミリオは深々と頭を下げた。苦渋に満ちた顔を見せまいと。

 サラはエミリオに退室を促し、ジュゼッペに近づく。


「お義父様、もう一杯おあがりになられますか?」

「いらん。行く所があるのでな。あの女もお前くらい聞き分けが良ければ、王妃に取られなかったものを。ああ、忌々しい」

 杯を割らんばかりにテーブルに叩きつけると、ほんの少し残っていた酒がテーブルを濡らす。

 ジュゼッペは太った体を揺らし出て行った。


 


「義姉さん、ごめん」


 ふいに背後から声がした。

 長椅子に体を横たえたレオナルドの弟リカルドだ。


 グッタリと放心している。

 サラは公爵家に入った時から頻繁に目にしていた。


 時折暴れる以外はこんな状況の方が多いくらいだ。

 そのせいでラマート子爵家に長い時間置いておけない。


「義姉さん、エミリオに、ごめん、て伝えて。僕が、こんなんでごめん。キアラもアンナも⋯⋯。もう嫌だよ。ずっとずっと嫌なんだよ」


 宙を見つめ、一体何を掴もうというのか右手を天井に向けて伸ばす。

 一筋の涙が目から溢れ出した。


「ええ、わかったわ。ほら、泣かないで。ちゃんと伝えるわ。食事は出来る? お薬を飲まないと」

「食べたくない。砂を噛んでるみたいに味がしないんだよ」

 リカルドはハンカチで顔を拭われながら弱々しく話す。

 サラは必ず薬を飲ませるよう侍女に言い含めて部屋を出た。


 


 サラは階段を登り自室へと向かう。

 折り返し階段の踊り場の壁には、数年前に世を去ったジュゼッペの妻の肖像画がある。


『内務』内で結婚した大人しく従順な女性だった。

 殴られる我が子をただ傍観して、反抗しそうになるサラの口を塞ぎ、ただ傅くだけ。


 ──この人も何かを握られていたのかしら?

 ああ、本当に、どうしようもない人たち。


 サラは自室のドアを後ろ手に締め、そのまま崩れ落ちた。 

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