26 ジュゼッペ・ガルシアの慢心
マールム公爵家は建国以来『内務』を担当する一族だ。
家督を継ぐ者即ち宰相であり、すべからく政治の中心に立つべしとされている。
長い間、宰相の立場にあり一族の懸念として必ず持ち上がる事象がある。
歴代の国王のほとんどが、短命かつ精神に異常をきたす。
初めの数代は懸念で済んでいたが、代を重ねる毎に確固たる事実となった。
公爵家の中で、実務を行う『内務』が実権を取るべきだと考える者が少なからず出て来た。
その最たる者がエミリオの祖父、ジュゼッペだった。
国王ベニニタスは二十一歳の若さで婚約者のないまま即位した。
元老院の主家に年回りの丁度合う令嬢がいなかったからだ。
ベニニタスの同年代はみな何故か令息ばかりだった。
『内務』が本来の順番であったが一向に女子が生まれず、その次の『財務』も同様であった。
元老院の会議で既にいる『農務』エピ公爵家の女児が適当であるとし、十五歳年下のクラーワ・バーレイに内定した。
当時のマールム公爵、ジュゼッペ・ガルシアは不快の極みであった。
元老院では元々、持ち回りで王に娘を嫁がせる決まりだ。
順番が来た時に女子が居なければその権限を次の部門に移譲する慣例があった。
娘が産まれないのは仕方がないとはいえ、感情が収まらない。
先代国王ウェントゥスもまた例に漏れず気鬱のまま消え入る様に儚くなった。
ジュゼッペはベニニタスも同じ道を辿るだろうと踏んだ。
──それならば、ベニニタス王を廃し、国を治めれば良い。
宰相である自分にならば出来る、と。
そこに娘が産まれれば尚良しだ。
しかし残念ながら妻との間には男子しか生まれず、ベニニタス王は精神を病む事なく壮健だった。
意地になったジュゼッペは、ベニニタス王から王位をもぎ取る計略を立てた。
まず、クラーワを成人前に嫁がせた。
身体が未熟なうちに妊娠させて身体に負担をかけて、母子ともに死に追いやろうとした。
しかし、ベニニタスに見破られ失敗した。
次にまだ年若い王妃側から王家を崩壊させる事を画策した。
適当な男を使って王妃が子をなす前に辱めてしまおうとしたが、貞淑でベニニタスを深愛するクラーワには全く通用しなかった。
それならば。と、ベニニタスを狙った。
『内務』の優秀な女性をクラーワの書記官として送り込もうと画策した。
ラマート子爵令嬢 アンナ・フォンターナ。
学園で成績優秀であった彼女の父であるラマート子爵を脅した。
ジュゼッペは自分の子と縁付かせた上で矢面に立たせようとした。
しかし、アンナは体が弱く、病が悪化したため頓挫した。
次に目を付けたのがアンナと友人であったキアラ・アンバーブロウだった。
キアラを『芸術』に心を売った罪人と罵り、服従させた上で王妃のもとへ送り込んだ。
しかし、時折顔を腫らして出仕するキアラをクラーワ王妃は不審に思った。
クラーワは彼女を匿い、現在に至る。
「わたくしも人質なのよ。わたくしはジュゼッペ様の奸計で結婚するに至ったわ。『科学』と手を組むためにね」
「そんな⋯⋯」
あまり親密でない両親。
ただの政略結婚ならばおかしい事ではない、とエミリオは思っていた。
「『科学』では数年に一度、国王だけが入れる『国王の間』保守作業をしているの。それに目を付けたのね。そこを押さえれば王を廃せると思ったんでしょうね。うまくいかなかったようだけれど」
ふ、とサラはため息をつく。
エミリオはただ固唾を飲んで話の続きを待った。
「⋯⋯それと、古代兵器の復活を目論んでいたの、ジュゼッペ様は。今の主流ではない光のエネルギーを一点に集中させて威力を増す古代の銃で、確実性を高めたかったようだわ」
「弑逆するつもりなんですか!?」
「そうよ。キアラに持たせた銃はとっくに国王に知られているでしょうね。それでもお咎めがないのは、キアラの証言だけで決定的な証拠が上がっていないからなんでしょう。
さっきキアラの娘が生徒会役員になったと言ったわね?」
巨大な渦に巻き込まれたような、足元を波にさらわれたようなそんな現実味のない感覚。
エミリオはただ頷く。
「キアラが王妃陛下に匿われているということは、マールム公爵からすれば王家に人質として囚われていると言うことよ。
娘の身辺に警戒しなさい。すでにジュゼッペ様に情報が漏れていると思ったほうがいいわ」
「アンバーブロウ嬢を盾にするって事ですか? ⋯⋯僕は、今の話をアルドー殿下に話します」
王家を葬るなどあってはならない事だ。逆賊になるつもりはない。
「そう。ならば殿下に伝えてちょうだい。今の体制に不満を持っているのは『内務』だけではない。『科学』と『医療』も扱いの低さに不満を持っているのが少なからずいる、と」
「どうして?」
「国のインフラに無くてはならないのに、初代国王の覚えめでたくなかったと言うだけで爵位が低いの。例え名目上は平等であっても、遠い昔のようにはいってないってことよ」
侍女に演奏をやめるよう促し、会談の終わりを告げた。
エミリオはまだ聞き足りなかったが、祖父に怪しまれるのは良くない。
馬車に乗り込み、共に帰途につく。
途中、サラが焼き菓子店に寄り、侍女に籠盛りを買いに行かせるようだ。
「貴方もどう?」と笑顔を向けられる。
エミリオは困惑しながら甘いものが苦手と答えた。
「チーズのリーフパイなら甘くないわ。生徒会の皆さんにお詫びしましょうね」
人数分のリーフパイとクッキーの小袋を渡された。
その時、耳元でサラが囁いた。
「確証はないけれど、キアラの誘拐にはコルデラ侯爵夫人が関わってるわ」




