20 瓦解するもの
エミリオの信じていたものが、いきなり瓦解した。
どうやら非は叔父やマールム公爵家の方にあるらしい。
エミリオは混乱した。
自分の中の公爵家が揺らいでいる。
誰かに答えを出してもらいたいが、一体誰に聞けばいいのか。
そんな思いに囚われて校舎を出た。
ただ走り続け、気づけばアスレチックフィールドの一角の武器訓練場まで来ていた。
「おや、坊ちゃまがどうしてこんな場所に?」
声のする方に目を向けると、そこには男子生徒の姿。
一瞬誰だかわからなかった。
よく見ると、どことなく顔が自分に似ている。
エミリオは従弟だと気づく。
墓を見つめていた頃と違ってやけに身体が大きい。
「お前、入学してたのか」
「ったく、これだもんな。坊ちゃまには下々のことなんてどうでもいいんですよね」
「その坊ちゃまっていうのは何だ。我が公爵家の血をひく従弟のお前が、使用人のような言い方をするのは何故だ」
従弟は心底呆れた表情を浮かべているが、エミリオには理由がさっぱりわからない。
短く刈り込んだ黒髪をガリガリと掻いて盛大にため息をついた。
「従弟とおっしゃる割には名前を呼んでいただいた事などありませんが。エミリオ様。
公爵家の方々は皆様そうです。父にすら一度も、です。あの方は特に、私を使用人くらいにしか思っていらっしゃらないのでは?」
「な、何を言う。公爵家の庇護を受けておいて、そんな態度を取るのか?」
嫌味なほどに使用人然と姿勢を正し、へりくだった言葉遣いで話す従弟にエミリオは腹を立てる。
「ほら、それですよ。庇護って、詰られてどつかれるって意味ですか?
地方の小役人になる程度の家系なら何をしようが構わないって思ってるんでしょう? 母はたまたま女性だったから王城に出仕させようとしただけじゃないですか。
まあ、坊ちゃまに言っても仕方ないんですがね」
「お前!」
「⋯⋯俺は父が大嫌いです。祖父も母も、そしてキアラさんもあの人のせいで不幸になりました。ただ分家の下位貴族というだけで。
でも、まだ『内務』の中で完結してるからいいんですよ。『芸術』に難癖付けるのは駄目です。生徒会に入ったんですよね?」
言われて初めて気づく。
身内であって身内でない事に。
クリスは『芸術』を貶める行為に配慮を求めた。
しかし主家であるコルデラ侯爵の名を一度も出さなかった。
もっとも、出されたところで公爵位のエミリオは聞き入れなかっただろうが。
「お前、叔父上の再婚の経緯を知っているか? 今日初めて知ったんだ。一体何があった?」
一瞬従弟が目を丸くした。
そして眉間に皺を寄せたかと思うと、深く頭を下げた。
「エミリオ様。私を少しでもマールム公爵家に縁ある者とお思いでしたら、是非にお願いしたい事があります。
『内務』を救ってください。国をどうにかする前に、部門が破綻します。
貴方にしかお願いできません。どうかよろしくお願いします」
深く、深く頭を下げ続ける従弟。
エミリオは何と答えていいのかわからない。
『内務』に何が起きてる?
父が、祖父が、叔父が、何をしてる?
──まだ学生の自分にどうしろというんだ。
未だ頭を下げ続ける従弟の前で立ち竦む。
ふいにコツコツと軽やかな靴音が近づいて来る。
慌ててエミリオはその場を後にした。
従弟を置き去りにして。




