16 威圧
「へえぇ、そうやって華美な物を渡して気を引くんだな。さすが男を誑かす女の娘」
エミリオから強い悪意。
テーブルに置かれたブレスレットを、エミリオは目の前まで摘むように持ち上げた。
「エミリオ、いい加減にしないか」
「第二王子殿下、この前注意しましたよね。この女に気を付けろって。こんなつまらない物持って来てどうするつもりだよ?」
言葉とともに床に投げつけた。
クリスは驚愕のあまり立ち尽くす。
フリアは自分の足元に転がったそれを大事そうに拾い上げた。
「お黙りなさい、エミリオ・ガルシア! 『内務』の勝手な事情で侮辱するのは許されませんよ」
「丁度いい、少し話し合おうか」
アルドーがイシャーンに目配せする。
イシャーンは心配そうに振り返るフリアを伴って生徒会室を出て行った。
涙が溢れそうになるのを必死に堪えるクリスを、セーレナは二人掛けのソファへ誘う。
ソファテーブルを囲み一人掛けにアルドー、クリスとセーレナの対面にエミリオが着席した。
「まずはこれを二人とも読んで欲しい」
セーレナの持ち込んだ調査書をエミリオに手渡すと、アルドーはクリスに向き直った。
「アンバーブロウ嬢、君の身辺調査をした事をまず謝らせてくれ」
「いいえ、殿下のお側でお仕えするのですもの。当然の事です」
エミリオは読み進めるうちに薄笑いが消えていく。
読み終えると乱暴にクリスに手渡した。
クリスはゆっくりと一文字一文字を食い入るように読み込んだ。
「私が今までに見聞きした通りです。⋯⋯あの日の夜、突然怒声とお母様の悲鳴が聞こえて、私と弟は匿われました。怖かった。⋯⋯怖かったんです! 静かになった時にはお母様はもういませんでした」
レポートを握りしめ、クリスは震えながら止めどなく涙を流す。
セーレナは優しく抱き寄せた。
「ええ、辛かったわね。エミリオ様、何かおっしゃることはない?」
セーレナからの冷たい瞳と声音にエミリオの肩は跳ねた。
「これは嘘だ! 父と祖父から聞いたものとは違う!」
「この調査書はミニュスクール公爵家で手配した者が作成した物です。わたくしが依頼しました」
「エミリオ・ガルシア」
王族のよく通る威圧を込めた声を使い、アルドーが名を呼ぶ。
エミリオは抗えぬ力に姿勢を正した。
「君が家族から聞いた話を聞かせたまえ。何故マダム・キアラを離婚させ連れ戻したのかを」
クリスはセーレナの腕の中から離れ、王族の圧倒的存在感におののいた。
出会ってからずっと甘く優しげな口調と態度しか知らなかった。
王族が効果的に威圧を使う姿を初めて目の当たりにした。
「キアラ・アンバーブロウは私の叔父リカルドに言い寄ったと聞きました。祖父に」
「だとしたら、アンバーブロウ邸から連れ去られたという事実と齟齬が生じる。リカルド氏自身は?」
エミリオは首を横に振る。
「マダム・キアラに会った事は?」
「あります。⋯⋯祖父に詰られているのを見ました。それを事実だと思っても仕方ないでしょう? 僕にとっては絶対的な存在なのですから」
「そうだね、子供というものは年長者の言葉を疑わないものだ。彼らがそう言っているのには何か意図があるのか、それが知りたい。
エミリオ、真実が知りたくはないか?」
「それは命令なんですか?」
「命令ではない。ただ、生徒会活動に支障が出るような言動はやめてもらいたい。君とアンバーブロウ嬢が私に協力してくれればそれでいい。どちらも欠けて欲しくない」
「⋯⋯」
「エミリオ様、わたくし、期待しているのですよ? 王太子殿下の為にやってくださるわよね?」
扇に隠れてはいるが、氷のような笑顔を浮かべるセーレナ。
真横から見る事になったクリスは背筋を凍らせた。
「先代マールム公爵閣下と母との間には何かあったのでしょう。だからといってガルシア先輩にはご存じでない事なんだと思っています。ですから何の悪意や恐れを抱く事はありません。ただ生徒会役員として仕事を全うするだけです」
「⋯⋯⋯わかりました。悪意を持って接するのはやめます。でも、それだけです」
クリスの言葉に釈然としない思いがエミリオに浮かんだ。
だが、これ以上波風を立てるのは将来を考えれば、こうするしかなかった。
「いいだろう。その言葉を信じるよ。では、これで終わりだ。明日からは本格的に『お披露目』の準備に取り掛かるからそのつもりで」
そのアルドーの言葉を聞いた途端に背を向け、エミリオは出て行った。




