11 一生の誓い
「あっ。確かに推薦の話は聞きました!」
クリスはアルドーへ向けるセーレナの視線に気づき声を上げた。
その後小声でつぶやく。
入るかどうかは返答していない、と。
セーレナはクリスを怯えさせてしまったと、少し反省。
「でもアルドー殿下にはお渡ししたいものがありまして! それとブローチの件でお話が」
クリスは鞄から『虹の蜘蛛』で織られた紺色の包みを取り出し、アルドーに手渡した。
「ブジェフの職人の自信作です。もし良かったらお使いください」
受け取ったアルドーは目を輝かせて、ゆっくりと丁寧に白いリボンを解く。
するりと紺色の布が滑り落ち、木箱とその上にメッセージカード。
木箱の中身は透明感のある青いタンブラーだった。
「素敵。ブジェフの職人技は王都でも有名なのよ。目が離せないわ」
「ああ、美しいね」
「ありがとうございます。職人に伝えます。きっと励みになるでしょう」
クリスの顔が一気に笑顔になる。
その様子にアルドーも笑みを深める。
それからおもむろに木箱の上に置かれていたメッセージカードを手に取った。
「このカード、カリグラフィーが描かれているが⋯⋯」
「私が描きました。先日お気遣いいただいたので、お礼のカードを添えました」
「君は筆跡が綺麗なだけじゃなくて、こういった芸術的な文字も美しく描けるんだね。君を書記に推薦してくれた教師がね、入学試験での筆記の美しさも褒めていたんだよ」
見る間にクリスの顔が赤くなっていった。
アルドーも耳を赤くしている。
ほわほわした空気の中、セーレナだけがぐっと扇を握りしめた。
──これは、いけるのでは?
しかし万が一王家に害があってはならない。
セーレナは大義名分のもと可愛いものに手を出す。
「本当に美しいわ。今度わたくしに教えてくださる?」
「あ、ああああ、ラティオ様に!? えっ、そんな恐れ多くて」
落ち着きなくパタパタと手を振るクリス。
そんなクリスが可愛らしくて仕方がないセーレナ。
距離を詰めて右手を握る。
「セーレナと呼んで? わたくしもクリス様とお呼びしてもいいかしら?」
ガクガクと頷き続けるクリスに、さらに畳みかけるセーレナ。
「それと、わたくしにも何か作っていただけるかしら?」
「はい! 私、ずっと前から夢があって! 王妃様をガラス細工で輝かせたいんです! そう、未来の王妃様、セーレナ様を!」
思ってもみなかった野望を宣言されて、セーレナは『一生囲う』と固く決心した。
「あー、君たち。打ち解けて何よりなんだが⋯⋯。アンバーブロウ嬢、書記をお願いできるかな?」
キラキラ輝く王族の笑顔を向けるアルドー。
しかし、クリスは苦い顔をしたまま返答しない。
男爵令嬢が生徒会役員になるなど周りから一体何を言われるやら。
そう思っているのが見て取れる。
ならば私が、とセーレナはできる限りの優しい笑顔を作り、首を傾げる。
「クリス様、わたくしと一緒に生徒会で働きましょう?」
「はい!」
瞬時に応えるクリス。
「⋯⋯⋯えぇー」
アルドーは項垂れた。
「では殿下。ブローチの件ですが⋯⋯」
クリスに要望を聞かれたアルドー。
「君がイメージする私に似合うもので」とお任せ感の強い返事をする。
クリスは嫌な顔をせず、おおまかなイメージを慣れた手つきで紙に描き出した。
紺色のガラスをメインに、台座はマグノリアモチーフ。
クリスはガラスのカットの仕方を軽く説明しつつ、意見を求めた。
「キラキラ輝くよりもそこにあるといった風がいいかな。普段使いにも出来るような」
マグノリア王国は華美なものは敬遠される風潮がある。
王族とて値の張るような鉱石の宝飾品を身につける事は稀だ。
意を汲んだクリスはさらさらと紙にラフ画を起こす。
「⋯⋯軽く金箔を浮かべて四角のカボションカットにしましょう。台座はあまり派手にならない程度で」
「うん、ありがとう。任せるよ」
クリスは一瞬不思議そうに、上目遣いでアルドーを見上げた。
最近の強引な勧誘や華やかな姿ばかり見ていて、アルドーの本質がわからないクリス。
不覚にもセーレナは少し眉を下げた。
その様子はクリスにチラリと覗かれていた。
「では、そのように工房に伝えます。セーレナ様はどういったものがよろしいですか?」
何事もなかったように笑顔で続けるクリス。
まだ年若いのに客の扱いを心得ている、とセーレナは舌を巻いた。
「扇の房飾りにほんの少し華やかさを足したいの」
そう伝える。
クリスはグラスビーズのサンプルを取り寄せると返す。
「嬉しいわ。楽しみね」
「王都にも小さな工房で多少の加工は出来ますが、ブジェフの職人に作らせたいです。
お時間をいただく事になると思います。特にこれからひと月は建国祭に向けて忙しくなりますし」
「領地までは遠いのだから、夏の休暇でかまわないよ、ねえ、セーレナ」
「ええ。ご無理はなさらないでね」
「ありがとう存じます」
小さく拳を握りしめて、セールスの成功を喜ぶクリス。
途轍もなく可愛らしい姿に、セーレナはあえて見て見ぬ振りをした。




