94 暁色の瞳
「こちらでお待ちください」
卒業式典当日、アルドーが手配した馬車でクリスは学園へと向かった。
アルドーから贈られたドレス一式を纏い、ずっと緊張の面持ちのクリス。
学園に到着し、招待状を提示すると控室に案内された。
現在会場では卒業生とその家族が、卒業式典に臨んでいる。
この後のパーティにのみ出席する者は控室で待機だ。
案内人は扉の前でしばし待つようクリスに合図し、部屋の中をうかがった。
クリスは居住まいを正し、扉が開くのを待った。
「入るがいい」
中から男性の声がした。
少し聞き覚えのある声だ。
開かれた扉の向こうには、男性がソファで寛いでいた。
窓から射し込む陽を浴びて、キラキラと輝く金の髪が印象的。
一瞬息をのむクリス。
──クレプスクルム王太子殿下。
音を立てず歩み、できる限りの優雅さでカーテシーをする。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。お初にお目にかかります。クローステール男爵が長女、クリス・アンバーブロウと申します」
「⋯⋯うむ。顔を上げなさい」
クリスの目に映るのは、陽に透ける金の髪と透明なアイスブルーの瞳。
アルドーよりも厳つさを感じる風貌。
「アルドーが選んだ娘だな? 小さいな。見目は悪くないが。大きな青紫の瞳はなかなかいいな。吸い寄せられるようだ」
クレプスクルムは立ち上がり、クリスを覗き見た。
クリスは少し動揺したが、失礼のないようじっと我慢をする。
「女に興味のない弟が気に入った娘だ。よく尽くしてくれ」
少し居丈高な声音。
「勿体なき御言葉、肝に銘じます」
そんなやりとりの後、案内人が式典の終了を告げた。
控室で待つ二人のもとへ、式典を終えたアルドーとセーレナが現れた。
一般生徒が婚約者と共に会場入りした後に、王族の二人が入場する事になっている。
いつもと違い髪を緩く結い上げたセーレナは、匂い立つような美しさだ。
クレプスクルムと並ぶ姿に、クリスは感嘆を禁じ得ない。
「うん。とても可愛い」
セーレナに見惚れるクリスに、アルドーは開口一番そう言った。
マグノリア王国での男性のフォーマルな装いは、少し緩めのスリーピースのダークスーツ。
制服とも、『部門別発表会』に着用したコルデラ侯爵領の民族衣装とも違う装いに、クリスは目を奪われた。
「アルドー様は、スタイルがよろしいですから、何でもお似合いになりますね。そういえば、初代国王陛下は大変な美丈夫だったそうですね」
制服姿ではないアルドーを目にして、ふいに彼があらためて王族であることを認識するクリス。
「肖像画を見た事があるけれど、私より父や兄の方が似ていると思うな。瞳の色は⋯⋯、君の方が近いね。暁色、と言われていたそうだよ」
クリスの紫色は暁よりも宵に近く、アルドーの紺色はそれよりさらに濃く夜闇のようだ。
暁色で有名なのは、コンテストでも競われる聖女ソフィアがクリスにとっては馴染み深い。
アルドーやクレプスクルムにとっては初代国王の方が想起しやすいのか。
二人とも、やけに瞳の色にこだわっている、そんな思いがクリスに浮かんだ。
「聖女ソフィア様と同じなのですね。きっと並んだお姿はとても目映かったのではないでしょうか」
「聖女ソフィアは未来を見通す力があったというが、今の我が国の姿も見えていたのだろうか。書物を紐解いても、胡乱な存在なのだよ。実はね、初代国王に比べて記述が少ないんだ。それに第二代国王は、側妃のエピ公爵の娘の子だ。聖女ソフィアに子供はいない。何だか謎めいた存在でね⋯⋯」
「そうなんですか。⋯⋯美しい神話のような存在が欲しかったのかも知れませんね。移住して希望が持てるような」
アルドーは不意にクリスの右手を掬い上げ、くちびるを寄せる。
「私にとっての希望の持てる存在は君、だけれどね」




