93 衣装談義
「ブレスレットを三種類ご用意いたしましたが、どちらがよろしいでしょう?」
姿見に映るセーレナに、クリスは声をかける。
マダム・オルタンスの手で仕立てられた卒業式典用のドレスの最終確認だ。
カーキのスクエアネックのワンピースに、総刺繍レースの袖と裾の広がった白のブラウス。
光沢を抑えた『虹の蜘蛛』のワンピースは、くるぶしまで滑らかな曲線を描く。
卒業式典は七日後。
式典の後にはそのまま式典会場で、卒業生のパーティが開催される。
日の沈む前に行われるので、落ち着いた色合いの露出のないドレスを着用する。
大ぶりの透明感のある緑と白のグラスビーズを編み込んだもの。
黄金色と緑のシードビーズを織ったもの。
大きめの白いビーズに小さなビーズで緑と青のラインを入れて編んだもの。
その三種類が置かれたアクセサリーケースをクリスは掲げた。
「ドレスに一番合うのは緑と白ね。でも、王太子殿下がエスコートして下さるから、黄金色と緑というのも⋯⋯。そういう流れですと残りの一つもいいわね」
セーレナの婚約者、王太子クレプスクルムは大きな水色の瞳に透けるような金の髪の持ち主だ。
三つ目はセーレナの瞳の緑を添えてある。
「どうかしら? マダム?」
微調整にマチ針を刺すオルタンスはその手を止め、すい、とひとつずつセーレナの腕に当てた。
「クリス、この緑と白に、黄金色は混ぜられないかしら?」
二つを片方ずつ手に持ち、重ねてみては離すを繰り返した。
「大きさを揃えますか?」
「いいえ、この小さいビーズを緑と白の間に入れられる?」
クリスはポケットからメモ帳を取り出し、
「こんな感じでしょうか? 淡い水色を入れても?」
無理なく編み込めるような配置を書き込んでいく。
「そうね、いいわ。当日までに仕上げられる?」
オルタンスの目が光る。
「はい、二日ほどで」
「よろしい。貴女のドレスはその時に合わせましょう。アトリエにいらっしゃい」
「あら、ここでお願い出来るかしら? わたくしはクリス様のドレスが見たいわ。お時間がないのでしたら、わたくしもアトリエに伺ってもよろしくて?」
「⋯⋯当日前にご覧になりたいのですね?」
「アルドー様が一体どの様な注文をされたのか、知りたくて仕方ないんですの!」
本来ならば卒業生ではないクリスがパーティに出席する事はない。
出席できるのは卒業生本人と、両親、そしてエスコートする(される)婚約者のみだ。
アルドーは復帰後初めてのクリスとの逢瀬で、婚約者としてクリスを同伴する事を望んだ。
「⋯⋯最初は『聖女コンテスト』の衣装を着て欲しいと言われました。ですが、露出が多いですしイブニング向けですので⋯⋯あの時のドレスは」
クリスにそう教えられた途端、アルドーは『マダム・オルタンスにお願いしなければ!』と、フラッハを手招きした。
フラッハはこめかみを押さえつつドアの外にいた護衛を中に入れて、アトリエに予約を入れに出ていった。
「⋯⋯アルドー様らしい言動ですわね。女性にも社交にも疎くていらっしゃるから」
ふぅ、とため息を漏らす。
「フルーメン伯爵令息がいらした次の日には、お見えになりましたわ。クリスに似合う可愛らしいのをご所望でした。三日後にこちらに伺っても宜しいですか? セーレナ様」
セーレナは首肯し、学園から帰宅後に時間を合わせる。
オルタンスはクリスにブレスレットを仕上げて持参するよう指示した。
アルドーが選んだものは、ふんわりとしたAラインの紺のドレス。
少し色の薄いレースとチュールの重なりが軽やかな印象を与える。
胸元で大きく結ぶチュールリボンがポイントだ。
『ヘッドドレスのリボンが可愛かったから』と、照れながらアルドーは言った。
「⋯⋯そういえばわたくし、『部門別発表会』の民族衣装は拝見しておりませんわね」
セーレナが残念がった。
「別々の会場でしたものね。あの時は防弾キャップのせいでとても重くて苦労致しました」
「そのうち見せてくださいな。⋯⋯それにしても、紺色のドレスだなんてわかりやすいですわね、アルドー様は」
「差し色どころか、全身ですものね⋯⋯」
オルタンスが苦笑する。
「見ていて微笑ましかったですわ。第二王子殿下はとても楽しんでいらっしゃいました。クリス、自分のバレッタは出来上がりましたか?」
「はい。こちらです。アルドー様から色とデザインの指定がございまして⋯⋯」
シンプルなバレッタを取り出した。
「髪の色には映えるけれど、やっぱり紺ですのね。いくらご自分の瞳の色が紺色だからといって、やりすぎではなくて? しかも紺の中に金と青紫のラインだなんてっ⋯⋯⋯」
扇で顔を隠しているが、セーレナの肩が震えているのが見て取れる。
クリスは肩を竦めた。
「まだ間に合うなら金縁に紺、中央にアメジスト色になさい。ご依頼主の話ばかり聞いては駄目よ」
オルタンスが人差し指を立て、左右に揺らした。
「アルドー様なら貴女が何をやってもお許し下さるわ」
くすくすとセーレナとオルタンスが笑う。
オルタンスは調整のマチ針を刺し終えたドレスを脱ぐよう指示する。
付き人に手伝われクリスはドレスを脱ぎ、制服に着替えた。
「今晩のうちに作り直します。それと、こちらを」
クリスはセーレナのブレスレットを取り出した。
大ぶりの透明な緑と白のグラスビーズの間に、小さな黄金色とアイスブルーのシードビーズ。
オルタンスの意見を取り入れて作り直したものだ。
「瞳の色も入れてくださったのね。綺麗だわ。この大きさならばドレスのお色にも合いますわね」
「良いでしょう。冬の間にコルデラ侯爵領の美術館と博物館を回りなさい。勉強になるわ」
「承知致しました、マダム」
合格点を何とか貰えたようだが、まだまだ未熟という事らしい。
クリスはそう感じた。
コルデラ侯爵領は気候の良い王都よりさらに南に位置する。
王都でも雪はあまり降らないが、南下した領内は大きな山にも接しておらず温暖な気候だ。
雪が降るのはかなり稀だ。
移動に不便はない。
多くを吸収しようとクリスは奮起した。
「アルドー様が随分淋しがっているんですって?」
「あらあら。もうですの? 愛されているわね、クリス。ふふふ」
セーレナの言葉に笑うオルタンス。
手紙を書くと約束して何とか宥めた、とクリスが答える。
「先が思いやられますわね。卒業後は毎日は会えませんもの」
「⋯⋯あ」
クリスとセーレナ、そしてオルタンスは顔を見合わせ、天を仰ぎ見た。




