95 暁と宵の大地
「大丈夫。私がいるから」
アルドーに震える手を引かれ、クリスは式典会場に入る。
一斉に視線が集まり、身が竦んだ。
二人は会場の前方の端に移動し、アルドーに用意された位置についた。
それを見計らい、王太子とセーレナの来場が告げられた。
会場の視線はそちらへと移り、クリスは胸をなでおろす。
クレプスクルムとセーレナはゆったりと中央を歩み、階の前まで来ると振り返り並んだ。
クレプスクルムは手を振り、会場を見渡した。
「待っている間に兄から何か言われた?」
アルドーが心配げにクリスを覗き込んだ。
「⋯⋯いいえ」
瞳の色の事はきっと気のせいだ、とクリスは飲み込んだ。
国王が祝辞を贈り、大人たちが杯を掲げ祝い合った。
三々五々歓談し、アルドーのもとには婚約者候補の決定の祝いの言葉が寄せられた。
噂のおかげもあって、全てが順調に進んだ。
閉会後、アルドーに導かれてテラスへ出た。
冬の初めの冷たい風が上気した頬を刺した。
仰ぎ見ると澄んだ空気に星が瞬いている。
「ねえ、クリス。知っている? 我々マグノリア王国の全ては、あの星空の向こうからやって来たのだよ。建国縁起の『黒き海』はあの星空、古代機械はその当時の技術なんだ」
「そうなのですか? 知りませんでした」
初めて知る事実にクリスは驚く。
「私は王族なので知っているが、何故こんなにも忘れられているのだろうね。そんな技術力があったのに、今では馬車でしか移動出来ないなんて不思議でならない」
アルドーは停車場の混雑が解消されるまで待つつもりだ。
何処からともなくチェルニーが進み出て二人に厚手のマントを羽織らせ、再び闇に消えた。
「お疲れ様。素晴らしい淑女ぶりだったよ。実は母上から、少しずつ慣れさせろと言われていてね。いや、私もなんだが。あまり社交が得意でなくて⋯⋯」
「そんな風には見えないのですけれど⋯⋯?」
女性のドレスコードは知らないようだが、アルドーは場に溶け込んでいるような振る舞いだった。
「だとしたら、上手く誤魔化せているって事だね。⋯⋯それにしても、とうとう学園を卒業してしまった。春になり成年式を迎えれば、王族の公務に参加しなければならない。苦手などと言ってもいられなくなってしまう」
ふう、とアルドーは溜息をつく。
「君とも毎日会えなくなる。とても悲しい。⋯⋯けれど、君の努力に見合うだけ、私も努力せねばね。セーレナのブレスレット、君が作ったのだろう? 光を纏って揺れる姿が美しかったよ」
「お気づきでしたか? 嬉しいです。でも、まだ未熟なようです」
クリスは眉根に少ししわを寄せた。
「お互いまだまだのようだね」
クリスの頭に手を乗せ、撫でる。
そのまま抱き寄せ、耳元に唇を寄せた。
「手紙を待っているよ。君の美しい字が大好きなんだ。きっと見ているだけで幸せになれそうな気がする」
「アルドー様も書いてくださいますか? きっと貴方を近くに感じられて幸せになるでしょう」
クリスはゆっくり体を離し、アルドーを見上げた。
「もちろん。約束するよ。冬の間も、そしてその後もずっと」
再びアルドーはクリスの耳に唇を寄せて囁く。
「愛してる」
クリスは目を伏せた。
マグノリア王国第二王子、アルドー・ルカ・マグノリアは学園を卒業し、成年王族への道を歩みだした。
卒業式典のパーティでエスコートされたクローステール男爵令嬢、クリス・アンバーブロウは暗黙の了解で婚約者と認識された。
五年後、クレプスクルム戴冠。
その二年後にアルドーはサピエンティア公爵となり、妻を娶った。
妻の名はクリス・テルース・マグノリア。
テルース──それは、大地。
王族の伴侶として、共に歩む女性に贈られる名。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
伏して感謝を。
26年後に降りかかる、王国の根幹を揺るがす事態の顛末。
アルドー、セーレナが登場。
『偽りの始まりはどこからなのか』
初代国王の生と死を綴った物語
『Paint the Sky』
全ての流れの中で派生した物語
『マグノリア王国サイドストーリー』
マグノリア王国シリーズ。
まだまだ続きます。
どうぞよろしくお願いいたします。




