09 救いの手? それとも?
「クリス・アンバーブロウ嬢はいるかな?」
アルドー第二王子がドアから顔を覗かせた。
その場にいる生徒が、慌てて王族に対する礼を執る。
だがジュールがクリスの髪を掴んだままだ。
アルドーはそれを見て取り、普段は出さない靴音を響かせて素早く迫った。
「な、何だ? 第二王子?」
「皆は礼を解きなさい。ここは学園で私はただの生徒だからね。それと、君、手を離しなさい。女性の髪を掴むなど許しがたい行為だが、いったい何があったんだい?」
アルドーはジュールの腕を掴み、髪を掴んだ指を一本一本剥がしていく。
その度に髪への圧力が薄れ、クリスは拘束を解かれていった。
すべての指が髪から外された途端、力の抜けた身体がぐらりと傾いだ。
アルドーがジュールの腕を掴んだままクリスに手を伸ばしたが、それより早く成り行きを見ていたマイヤが受け止めた。
クリスが顔を向けるとマイヤは少し不安気な目をしながら微笑む。
胸元のポケットから出した櫛で乱れた髪を梳いていった。
わなわなと震えるジュールの脇からフィンが歩み出た。
「リーブラ公爵が嫡男、フィン・リヒターがご挨拶申しあげます。発言をお許しください。彼はアンバーブロウ嬢が試験で不正を働いたと告発したのです」
「ごきげんよう。堅苦しい挨拶はなしでいいよ。告発とは穏やかではないが、そもそも暴力を振るっていた時点で穏やかとはほど遠いね、ギルランド君」
「クリスが上位クラスなど、何か間違っているのではないでしょうか! 自分より上などおかしいではないですか」
「そうですわ。たかが男爵家の娘が」
大声で喚く上位貴族らしからぬジュールとイブリン。
教室に残っていた生徒全員から非難の目を向けられる。
双子の粗野な行為は、『芸術』の主家としてあり得ない。
ましてや相手は王族なのだから当然だ。
クリスは教室の非難を込めた空気をひしひしと感じ、身が縮む思いだ。
「自分の不勉強を棚に上げて他人を貶めるのはどうかな。私は彼女の答案を見せてもらったが、とてもよく勉強して問題を解いているように見えたよ。文字も読みやすく美しかった」
「どうして王子殿下がこんな奴の答案を見たんですか?」
「アンバーブロウ嬢の試験の結果が良かったのでね、教師が生徒会役員に推薦してきたのだよ。生徒会長の私にね。納得がいったかい?」
噛みつかんばかりに言い募るジュールに、アルドーは丁寧に言い聞かせた。
クリスは試験の結果を褒められるのは嬉しいが、生徒会役員になれというのは正直困る。
これ以上双子にあれこれ言われたくなかった。
ジュールは言い返そうとしていたが、アルドーの方は話を切り上げたい様子でジュールに冷ややかな目を送る。
口を閉ざし、様子を窺っていたイブリンにジュールは袖を引かれる。
「先日も彼女に難癖をつけていたが、有りもしない事を言うのはやめたまえ。学園と私、もちろんアンバーブロウ嬢への侮辱だと自覚しなさい。
これからも事を荒立てようとするのなら、どうなるかわかるね?」
「それはっ! 大変失礼致しました。これで下がらせていただきます」
双子は憮然とした表情を浮かべた。
「お待ちになって。クリス様の事が好きなら、もっとスマートに事を運ぶべきですわ」
立ち去ろうとする二人に、流れを見てマイヤが口を挟んだ。
「なっ! 失礼します!」
ジュールはドカドカと机にぶつかりながら逃げるように走り出す。
うっかりその場に居合わせたクラスメイトたちは、「あー、そういう事?」と顔を見合わせながら囁き合う。
マイヤの機転でクラスメイトの疑惑の目を少し逸らす事が出来た。
しかし『芸術』部門内のクリスとしては、こんな醜態を見せた事に頭を抱えた。
明日からどんな顔で授業を受ければいいのか。
そんな様子をフィンが気遣わしげに見ている事に気付く。
「リヒター様、有難うございました」
「不正が行われているのだとしたら大変な事なので。⋯⋯いや、どちらに非があるかは一目瞭然ですが」
『司法』という責を早くも自覚しているフィン。
クリスは我が『芸術』の嫡男との違いを思い知らされた。
「実は君にも生徒会役員をお願いしたいのだが、リヒター君。その高潔な心を生徒会で活かしてみないか?」
アルドーが破顔し、声を掛ける。
しかし、フィンは『司法』には覚える事が多く、学生のうちに学習したい。
そう言って辞退した。
アルドーは勿体なくも思いながらも、フィンの努力の邪魔はできないと了承する。
「たまに助言を求める事くらいはいいかな?」
フィンは心苦しさと嬉しさをないまぜにして、つい、と眼鏡をあげた。
「勿体なきお言葉です。僕で宜しければ」
「ありがとう」
フィンはアルドーとクリスに軽く頭を下げ、その場を去って行った。
それを見送ったアルドーは、クリスに気遣わしげな表情を向けた。
「大丈夫かい? こんな時にちょっと憚れるが、生徒会役員になって欲しいんだ。それと先日のブローチの話を。カフェテリアに一緒に来てもらえるかな?」
流れる様な所作で右手を掬い取られ、驚くクリス。
まるで意に介さない様子で、アルドーはそのままエスコートして歩き出した。
女子生徒の視線を一身に浴びて、ますます身の置きどころのなさを感じた。
教室から連れ出されていくクリスに、マイヤが慌てて机の上の鞄を手渡した。
「ありがとう、マイヤ様。明日ゆっくりお話しましょう」
「ええ、クリス様。ごきげんよう」
見送るマイヤはこめかみを押さえながらため息を漏らす。
「前途多難ね⋯⋯」




