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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 麻生あきら
第八章

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107/111

91 可愛らしい

「フラッハ、ちょっと席を外して⋯⋯」

 

 復帰後初めてクリスとの時間。

 役員たちが帰宅した後、クリスの手を取ったアルドー。

 フラッハに退室を願う。

 

「駄目です。殿下、この前言ったでしょう? もうコソコソしなくていいって言っても、二人きりにすると殿下が何するかわかりませんからね」

 

「⋯⋯はい」

 アルドーは肩を落とした。

 

「なるだけ離れてますから、気兼ねなくどうぞ」

 フラッハはドアの前に立ち、掬い上げた新聞を広げて読み出した。

 

 

 

「⋯⋯アルドー様、お加減はいかがですか?」

 クリスは撃たれたあたりに視線を落とす。

 少し浮かない顔。

 

「大丈夫。痛くはないんだ。ただ、筋力が落ちていてね。しばらくの間は歩きづらいかな」

 安心させようと言ってみるが、クリスの不安顔は一向に晴れない。

 

「⋯⋯わたくし、候補に挙がってとても嬉しいのですけれど、思っていたのと違う方向で戸惑っております。淑女としても、グラスビーズの芸術家としてもまだまだですのに」

 

「焦らないで。母上はそれを見越して候補として下さったんだ。君は成人まで、まだあと二年半もある。その間にじっくり取り組めばいい」

「⋯⋯」

 伏せられた睫毛が、紫色の瞳を隠す。

 

「マダム・オルタンスと一緒にセーレナの婚礼衣装を作り、彼女を輝かせれば自然と実績になる。足がかりの体裁が整っているんだ」

「⋯⋯そ、うですが。少し気後れしてしまって」

 

 うつむくクリスの頬を右手で包み、アルドーは諭すように言葉を紡いだ。

 

「クリス、君ほどガラス細工を愛している少女(ひと)を、私は知らない」

 

 クリスの瞳に輝きが戻る。

 少しずつ口元が弧を描く。

 

 ──やはり、こうでなくてはね。花が綻ぶような笑顔というのはこういうのだよ。

 自分に向けられた瞳に魅入られながら、アルドーは思う。

 

「ありがとうございます。アルドー様」

 

 ぱっ、とアルドーの手を離してクリスは両腕を上げた。

「ふん!」と言いながら、何やらやる気を出しているようだ。

 

「ブフォ」

 新聞の向こうからフラッハの噴き出す声がした。

 

 

 

「マダム・キアラは戻られたの?」

 

 ふいにアルドーは思い出した。

 クリスが『王妃様を輝かせたい』と願ったのは、王城に勤める母のキアラに会いたいというのが始まりだった。

 

「母からお手紙が届きました。離婚したそうです。ですが、社交シーズンの終わりまでは書記官を務めなければならないので、戻るのはその後になるそうです。⋯⋯その、父と復縁するかどうかは、わからないと⋯⋯」

 

「クローステール卿が問題視しているの?」

「いいえ、母の方です。実行しなかったとはいえ、銃を王城に持ち込んだのだから、と」

 

 クラーワもベニニタスも「不問に付す」と言っていた筈だ。

 周囲にも漏らされていないので、気にする必要もない。

 アルドーは首を捻る。

 

「父とは会ったそうですが、わたくしとエリオットが結婚するまでは、籍を入れなくていいと言っているそうです。『内務』との諍いを持ち込んだのは自分だと責めているのです。なので父は母の気持ちが落ち着くまではそれでいい、と」

 

 

 

「いたたまれないな。大勢の人が彼に心を折られた。問題が根深く大きすぎる」

 

『歴代の国王たちが不甲斐ないから』と、ジュゼッペは王権の奪取を目論んだ。

 表向きそう公表されている。

 

 だが、『即位した者以外には秘匿された事柄によるもの』と、アルドーにベニニタスは言った。

 第二王子であるアルドーには教えられない事なのだ。

 

 父ベニニタスはジュゼッペが言うような、不甲斐ない国王ではない。

 祖父ウェントゥスはどうだったのだろう。

 

 アルドーはウェントゥスを知らない。

 生まれる前に崩御している。

 害獣駆除の際に命を落としたという記録しか残っていない。

 

 いつかわかる時がやって来るのだろうか。

 兄の王太子クレプスクルムや、セーレナとの間に生まれる子供にも『秘匿された事柄』が災禍をもたらすのだろうか。

 

 ──父上のように強くあって欲しい。

 

 アルドーはそう願うばかりだった。

 

 

 

「アルドー様、わたくし冬の間はブジェフの職人と新作の開発に力を注ぎます」

「えっ!」考えに沈んでいたアルドーに、残念至極な言葉が飛んできた。

 

「セーレナ様の婚礼衣装の為にとんぼ玉をもっと頑張りたいですし、極小のグラスビーズの色数も増やしたいですし、織り機の開発もしたいですし⋯⋯」

 

 そう言ってクリスは指を立てて数えている。

「え、待って。ずっと?」咄嗟にクリスの数えている手に触れる。

 

「先程、わたくしを奮い立たせてくださったのでは⋯⋯?」

 

 クリスが首を傾げる。

 ──可愛い。いや、違う。

 

「三月(みつき)も会えないとか、そんな⋯⋯。ぶ、ブジェフに雪は降らない?」

 

「⋯⋯? 降りませんわ。ほとんど」

「私も行っていいかな?」縋るようにアルドーは訴えた。

 

 

 

「でーんーかぁぁぁー」

 新聞を放り投げてフラッハが大股で近づいて来た。

 

「迷惑でしょうが! あの時と状況が違うんですからね! 母君だってお戻りになるんですから、邪魔ですよ! 邪魔!」

 

「あっ。そういう事だったんですか? ⋯⋯わたくしは、ひと月早くタウンハウスに戻るつもりです。こちらの職人と打ち合わせをしたり、ミニュスクール公爵夫人とマダム・オルタンスに教えを請いますので。⋯⋯手紙を書きますから、ね?」

 

 一瞬、呆気にとられた顔をした後で、宥めるようにクリスは言った。

 どちらが年上なのかわからない。アルドーは自分で自分が恥ずかしくなった。

 

「⋯⋯はい」

 色々と言いたいが、アルドーはぐっと堪える。

 

 

 

「ふふ。アルドー様は、本当に可愛らしいですねえ」

「そうそう」

 

 クリスとフラッハが笑い合っている。

 いつの間に分かりあえる仲になったのか。

 アルドーは首を捻る。

 

 ──いや、そうじゃない。

 ふいに疑問に思う。

 

「えぇと。何、可愛らしいって?」

「私たちは、そんな殿下だからいいのですよ」

 

 フラッハがむくれたアルドーに笑顔を向けた。

 クリスも頷き、ずっと右手に触れていたアルドーの手を握り返した。

 

 二人に言い包められた気がするが、この優しい空間に浸れる幸せを享受した。 

 

 

 

「それならば、クリス。卒業式典の後のパーティに一緒に出てくれる?」

 

「⋯⋯?」

 アルドーの突然の誘いにクリスの目が丸くなった。

 

「また着る機会があったらエスコートさせて、とお願いしたよね?」

 上目遣いでクリスを見ながら、アルドーは右手の指に唇を寄せた。

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