90 再起
『部門別発表会』から十日目、アルドーとエミリオは学園に復帰した。
古代機械ですっかり綺麗になったものの、アルドーの体力の減退は否めなかった。
まだしばらくは杖をついて歩かねばならず、慣れない状況に四苦八苦していた。
生徒会長として休んでもいられず、無理やり笑顔を作って復帰した。
アルドーへのお見舞いの言葉がひきも切らず、学生たちが訪れた。
さらにはクリスの婚約者候補の決定への祝福の言葉が、怒涛のように押し寄せた。
見舞いはともかくとして、婚約者候補の件については反対意見が出るのではないかと危惧していた。
まったく反対の状況で、アルドーは困惑している。
一方エミリオと言えば、こちらも戸惑いを隠せないでいた。
十日も経てばそれなりに状況が落ち着いただろう、とエミリオは考えていた。
とは言え、祖父の起こした事件で罵倒されるとばかり思っていたエミリオ。
クラスメイトはおろか、『内務』を除く大勢の生徒から同情の声があがった。
しかも「『内務』の連中は酷すぎる」と、怒りの声まで聞こえてきた。
全くもって理解が追いつかない。
アルドーはよろよろとフラッハに付き添われ、生徒会室までやって来た。
ぐい、とフラッハに鍵を渡し、解錠を待つ。
付き添うフラッハも倦怠感の滲む顔で鍵をひねった。
その後ろに前髪で顔を隠したエミリオが、いつの間にか控えていた。
アルドーとエミリオは無言でソファまで移動し、ぐったりと身を沈めた。
「あああぁぁぁ」
地鳴りのような低い声をエミリオが上げる。
「わかってた。うん、わかってたけどさあ。何か言われるだろうって。いや、でも、何で僕、こんなに好印象なの!?」
「ねえ、フラッハ。私は凄く身構えていたんだけれど、何だかクリスの事を誰も悪く言わないね? 嬉しいけど、嬉しいんだけどね?」
アルドーも頭を抱えて声を上げた。
とにかく、二人は混迷極まる一方だった。
「いや、もう。五日前くらいからですかねえ。じわじわと大人達から流れて来たようで」
フラッハがアルドーに鍵を返しながら言う。
「⋯⋯何だかわかった気がする」
アルドーは気付いたが、エミリオは眉にしわを寄せている。
「怒鳴られたかったの?」
イシャーンが颯爽と現れて、エミリオの顔を覗き込んだ。
「まさか、君か?」
「さあ? 僕はアルゲンテア侯爵と取引しただけだよ。ふふん」
完全に商売人の笑顔だ。
あまり突っ込んで聞くと、生徒会役員全員が印象操作したと疑われそうだ。
そんな考えが、アルドーの頭をかすめる。
「エミリオ、日頃の行いが良かったんだよ。うん。ね?」
エミリオに全開の笑顔を向ける。
「あ、あー。僕、頑張ったからかなあー?」
引きつった笑顔を返すエミリオ。
その後、クリスとフリア、ペールが入室し、最後にセーレナが席に落ち着いた。
アルドーはゆっくり杖をつきながら生徒会長の机まで移動し、立ったまま全員の顔を見渡す。
「『部門別発表会』お疲れ様でした。お礼が遅くなってすまないね。セーレナ、代理をありがとう。みなも良く捌いてくれたようで、とても感謝しているよ。まだこんな調子なので苦労をかけるとは思うが、残りふた月弱、最後まで宜しくお願いする」
「お座りになって、アルドー様。ご無理はいけませんわ。わたくしどもより大任を果たされた第二王子殿下が、無事復帰された事をお喜び申し上げます」
セーレナの言葉に続き、役員全員が深く礼をした。
「堅苦しいのはよしにしよう? でも、ありがとう」
アルドーは着席を促す。
「無事、彼は収監された。脳の病の検査の後に処分が下るだろう。『内務』や『科学』の公的役職の者は、それぞれの部門で処分を下しているようだ。ジュゼッペ氏の周りで命を握られていた者たちは解放され、ロペス嬢、クリス、私を含め王家の命ももう狙われる事はない」
ジュゼッペは牢に繋がれてせん妄が酷くなり、閉鎖された空間で生活ができなくなった。
検査も兼ねて『医療』の然るべき治療院へ移って行った。
同様にジュールは幻覚剤が抜けず、加療のために薬物依存の治療院へと送られた。
「おおっぴらに話せますねー。資料室、狭いし暗いし嫌だったんですよー」
フラッハが肩を竦める。
「まったくだ。細かい事は色々あるだろうが、ひとまず無事に『部門別発表会』が終わって良かった。ああ、エミリオ、ロペス嬢、婚約おめでとう」
「あっ、ありがとう存じます」
机に頭をぶつけるのではないかという勢いで頭を下げるフリア。
「ありがとうございます。殿下もおめでとうございます」
ちら、とクリスをうかがう。
クリスは優雅に礼を言い、アルドーは柔らかい笑顔で応えた。
「そういえば、クリスは随分落ち着いているけれど、噂は驚かなかったのかい?」
「噂が広まり出す前から『芸術』の皆さんが、叙事詩のように聖堂での顛末をお話しになっていたので⋯⋯」
アルドーの問いにクリスは目を伏せながら答える。
控室から一部始終を見ていた生徒と、次の日には婚約者候補に上がった事を知った生徒たち。
どうやら芸術家の血が騒いでしまったらしい。
クリスは驚愕からの諦観の位置に立っているようだ。
「ねえ、エミリオ。無粋な質問で悪いんだけど、いつから?」
イシャーンが割って入る。
「えーとですねぇ、『フリアから手を離せ!』ですよねえ。その前にふっ飛ばされてたから、痛くて突っ込めなかったんですよー」
満面の笑みのペール。
「やっ、ちょっと、なんでっ」
「フォンターナ様にフリア様が掴まれた時ですわね。ええ、わたくしも気づきました」
クリスが頷く。
「⋯⋯あの騒動で気づくの? 女子怖い。いや、僕、自覚無かったんだけど」
「それなのに申し訳ございませんでしたわ。エミリオ様。わたくしがあんな酷いお願いをしたばかりに風聞も悪くなりましたし、恋路も邪魔しただなんて。ごめんなさいね、フリア様」
セーレナが二人に深々と頭を下げる。
フリアは慌てて、エミリオを見るなりこう言った。
「大丈夫ですよね! エミリオ様は地の底から這い上がる覚悟ですものね!」
言っている事は割と無茶苦茶なのだが、エミリオも力強く頷いている。
──とんでもない組み合わせが出来上がってしまったのでは?
見守る全員がそう感じた瞬間だった。
「まあ、誰かさんのおかげでだいぶ楽になりました。まずは学年末の試験で首席を目指します。僕は生徒会に入りたい」
「そうか。今年度の終わりまでは、もう殆ど生徒会の仕事はない。みなしっかり勉強するといい。私はリハビリがてら毎日ここへ来るから、ここでどうぞ」
アルドー自身は散々本に埋もれて今更勉強という程でも無いので、自分が代わりに業務をこなしてもよいと思っている。
「では、殿下。僕に教えていただけませんか?」
エミリオのやる気が伝わってくる。
生徒会発足時には、アルドーに頼るなど考えられなかったというのに。
「もちろん。私で良ければ」
力量が問われる試験まで残りふた月弱。
それぞれの努力が試される。




