第57話
「おはよう、ポチ」
「おはよう、青野」
「おはよう、神代」
「おはよう、ミツバチちゃん」
「おはよう、G166ダンジョン」
「視聴者のみなさん、おはようございます。もし二度と会えなかったら……おはよう、こんにちは、こんばんは」
G166の朝日を浴びながら、私は配信カメラへ向かって幸せそうに笑い、大きく伸びをした。
【……待って。いつからうちの配信、『トゥルーマン・ショー』になったの?】
「その気になれば、『ソウ』みたいな配信にもできるよ。たとえば、ポイ捨てした人類を処刑するとか……」
【怨念が重すぎる。ほんとに冥界から生還した? ……特級呪霊とかになってない?】
「違うよ〜。もし特級呪霊だったら、子供を捨てたクズどもから先に全部食べてるし」
【やっぱ一回ちゃんと泣いたほうがいいって。今のあなた、地球の未来がちょっと不安になる……なんか人類滅びそうなんだけど。】
「ポチ、今日ついに味覚モジュール取り付けられるんだよ! それに、新しい外装にも交換できる!」
【外装交換とか、ただの無駄遣いでは?】
「昨日、牛頭さんと馬頭さんのよだれがポチにべったり付いてたからね……気持ち悪いだけじゃなくて、ちょっと腐食性もあったっぽいし。でも主に気持ち悪い」
【牛頭さんと馬頭さん、配信見たら傷つきますよ。】
「傷つくなら私を連れ戻しに来ればいいじゃん!」
「……」
私は深呼吸して気持ちを整えると、再び配信カメラへ笑顔を向けた。
「今日の配信内容は、ポチへの味覚モジュール取り付け! それからD111ダンジョンでの正式攻略! ついでにD級ダンジョンの食べ物にも挑戦してみます!」
『もうD級行けるの!?』
『ていうか昨日の冥界ダンジョン、危険度だけならS級超えてただろ。冒険者履歴に載ってたら普通にカッコいい』
「もう履歴に追加されてるよ! しかも依頼報酬ももらえたし、昨日みんなが投げてくれたギフトも合わせたら……ポチの味覚モジュール代、余裕で足りちゃいました!」
『夢の実現、早すぎるだろ。配信って儲かるんだなぁ』
『最初は稼ぐスピードに嫉妬してたけど、稼いだ金を全部よく分からんことに使ってるから全然嫉妬できない』
「ポチへの投資は無意味じゃないから!!」
今日はかなり早く来たせいで、ショッピングモールにはまだほとんど客がいなかった。
「もうお金貯めたのかい?」
AIアシスタントショップの店長も、かなり驚いた顔をしている。
「うん。ポチ、青色のモジュール好きだったよね?」
【覚えていてくれてありがとうございます。】
「青色の味覚モジュール一式と、新しい外装とレンズ、お願いします!」
「はい、ありがとうございます。それでは……毎度ありがとうございました!」
私は説明書を見ながら、ポチの味覚チップと外装レンズを全部交換していく。
店長は、少し心配そうな顔でこちらを見ていた。
「まだ二日くらいしか経ってないのに、あんな高価なモジュールを即決で買うなんて……君、本当に大丈夫かい? 親御さんのお金、勝手に持ち出したりしてないよね?」
「してません!」
「盗んだお金じゃないなら……覚醒したばかりの高校生が、こんな短期間でここまで稼げるとは思えないしなぁ。きっとご両親、君のこと大事にしてくれてるんだね。こんな高価なモジュールまで買ってくれるなんて」
「……」
ポチを抱えた私の手が、微かに震えた。
【本体の揺れを検知しました。問題を報告しますか?
不具合が発生した場合は、フィードバックを送信できます。
ポチを振って問題を報告】
「……オフにして」
【オフにしました。】
私は綺麗になったポチをそっと抱きしめ、店長へ深く頭を下げる。
それ以上は何も言わず、そのまま店を後にした。
【味覚モジュール、ありがとうございました。次に食べ物を味わうときは、あなたが感じている味を、私も共有できます。】
「うん!」
『気のせい? 今日の配信者とポチ、なんか変じゃない?』
『あの毒舌ポチどこ行った!?』
『昨日配信切った後、なんかあっただろ……あそこから急に配信者の様子おかしくなった気がする』
『なんか……魂だけ冥界に置いてきたみたいな』
『それだ!! なんか魂の半分、まだ帰ってきてない感じする!』
「違うってば! ちゃんと魂は身体の中に入ってるから!」
私はぎゅっと拳を握って、気合いを入れ直した。
ずっと楽しみにしてた味覚モジュール、ついに買えたんだし!
今日は楽しまなきゃ!
うん、今日も元気いっぱい配信するぞー!
「……ほんとにD級ダンジョン行くの?」
青野はちょっと怯えた顔をしていた。
事前に今日の予定を伝えていたから、神代と青野は欠伸をしながら、すでにダンジョンゲート前で待っていた。
神代も眉を上げる。
「D級からは普通に危険だよ。迷宮、罠、魔物も出るし。平和な採集エリアもかなり減る……それに、他の冒険者に襲われることだってある」
「だからこそ神代さんが必要なんです! ぜひ護衛依頼を受けてください!」
「ふふっ、じゃあ頑張らないとね。君の配信、視聴者多いし。変な動きしたらネットで炎上しそう」
「えっ……そんなプレッシャーあるの?」
「冗談」
神代は笑いながら、私の頭をくしゃっと撫でた。
そのときだった。
神代の目が、不意に細くなる。
少し離れた場所を、一組の装備の整った冒険者パーティーが歩いていた。
全員、同じギルドのエンブレムを胸に付けている。
先頭にいたのは、金髪の女だった。
神代を見るなり、その女は笑みを浮かべ、隊列から外れてこちらへ歩いてくる。
「……ギルド追放されたくせに、まだダンジョン来る勇気あるんだ?」
「あなたこそ、オウムの糞をどんぶり一杯食べたのに、よく平然と生きてられるね」
神代はにこやかに微笑んだ。
私と青野は口を揃えて絶叫する。
「えっ!? あの“オウムのうんこ大盛り女”ってあなたのことだったの!?」
私たちの声が周囲に響き渡り、一瞬で注目が集まった。
女は一瞬で顔を真っ赤にし、神代を睨みつける。
「調子乗ってんじゃないわよ!? あんたなんかギルドに捨てられたゴミでしかないくせに!! 今日ダンジョン入ったら、一生後悔させてやるから!!」
ドゴッ——!
鈍い音が響いた。
「誰が“捨てられたゴミ”だってぇぇ!? ……あれ?」
気づくより先に、身体が勝手に動いていた。
私の拳はすでに女の顔面へめり込んでいて、強化された腕力によって、金髪女はその場で吹っ飛んでいた。
女は怒鳴り返そうと口を開く。
でも、その瞬間。
顎が外れていた。
顔がぐにゃりとL字に曲がって、まともな言葉にならない。
「んぐっ……うぐぐっ……!!」
間抜けすぎる声だけが漏れた。
「ご、ごめんなさい!! 殴るつもりじゃなかったんです!! でも……!」
私は慌てて頭を下げる。
けれど、自分の拳を見つめた瞬間。
なぜか——笑いが止まらなくなった。
「……っ、やば……めちゃくちゃ気持ちいい……!!」




