第56話
蘇生……成功?
待って……
さっき、毒効果反転の通知が出なかった。
ってことは……毒効果反転の効果じゃない。
つまり……
私、死んだの!?
食べ物が美味しすぎて、そのまま死んだの!?
……こんなことで貴重な残機を無駄遣いしたの!?
情緒ぐちゃぐちゃなんだけど!?
「なんで……」
「実は食べ物そのものは関係ない。
お前、さっき生者たちを目覚めさせていただろう? あれで陽気をほとんど使い切っていたんだ。そこに、さっき食べた魚がちょっと熱くてな……」
馬面が肩をすくめた。
……つまり、HP1の状態で小指ぶつけたみたいな事故?
【毒効果反転が発動しました!】
【黄泉戸喫(反転)を獲得:陽気が最大値まで回復し、残機+1】
……え?
「……何が起きた? お前、陽気が全快してるぞ!?」
牛頭がぎょっとした顔でこちらを見る。
全快?
……待って。
さっき失った陽気も含めて考えると、蘇生したことで陽気が満タンに戻るなら……
むしろ得してない?
「すごいな。こんな生者は初めて見た」
牛頭と馬面が、珍獣を見るみたいな目で私をじろじろ見てくる。
「あのジジイ、やっぱり適当に捨て駒を冥界へ送り込んだわけじゃなかったんだな……」
「ジジイ? 誰のこと?」
「死を逃れる方法なんていくらでもある。とっくに寿命を使い切ってるくせに、なかなかこっちへ降りてこない奴もいるんだよ……おい! 聞いてるんだろジジイ! 今も絶対こっそり配信見てるだろ!?」
突然、馬面がポチのカメラへ馬ヅラを思いっきり押しつけた。
牛頭も勢いよく顔を突っ込んでくる。
「俺たちだけ冥界に残して働かせて、自分だけ現世で遊んでるとかズルすぎるだろ!」
「来れるもんなら降りてこいよ! 自分で来る度胸もないくせに、小娘ひとり送り込んで何がしたいんだ!!」
「ワシの蹄はもう飢えとるぞォォ!!」
「……」
この人たち、誰に向かって喋ってるの?
っていうか……ポチのカメラ、牛の口と馬の口でベタベタになってるんだけど。気持ち悪い。
このカメラ、もうダメかも……外装も交換しなきゃ……
◇
「はぁぁ……お腹いっぱい……」
満腹って、こんなに幸せなんだ。
ここ最近で、二回目の満腹。
幸せすぎて、頭がふわふわする……
( ˘͈ ᵕ ˘͈ )
「みなさん、本当にありがとうございました。お疲れさまでした」
私は目の前の幽霊たちへ向かって、深く頭を下げた。
「感謝するのはこっちのほうだよ」
幽霊たちも満ち足りた顔でお腹をさすりながら、ホログラムの家族たちと寄り添い合っている。
「さっき全部聞こえていたんだ。君、自分の陽気を使って俺たちを目覚めさせてくれたんだろう? あれは寿命そのものみたいなものなのに……」
「君がいなかったら、こんなふうに家族へ最後の別れを伝える機会なんて、絶対になかった」
「うん……私も、お母さんも、一生後悔したままだったと思う」
翔太と恵子のホログラムが、私へ向かって深々と頭を下げる。
恵子は涙を拭いながら、震える声で言った。
「本当にありがとうございます。もしかしたら、あなた自身は分かっていないのかもしれません。でも、あなたは私たちを救ってくれました。
ずっと抱えていた罪悪感から、引っ張り出してくれたんです……これから先、もしあの子のお父さんがいなくても、私たちはちゃんと前を向いて生きていけます」
「い、いや、そんな……これ別に私の手柄とかじゃなくて……最初はただ、ご飯食べたくて来ただけだし……」
私は照れくさくなって、後頭部をぽりぽり掻いた。
「謙遜しないでくれ。どんな理由だったとしても、君のおかげで家族に会えたんだ。だから、三途の川を渡った先でも、もう後悔はない」
「ありがとう」
「ありがとう」
「本当に、ありがとう」
次々と、幽霊たちとホログラムが頭を下げる。
老人もいる。
若い人もいる。
みんな、お腹いっぱい食べ終えた後の、あの満ち足りた顔をしていた。
……やっぱり、食事って世界で一番幸せなことだ!
『誰だよこんな時間に……はいはい今行きます……って、(警察! 動くな!) うわああああ!! 冗談です!! 銀行強盗なんてしてませんってぇぇ!!』
ひとつのホログラムが、突然ぶつんと消えた。
「……」
そんな冗談言ってたら捕まっても自業自得では?
『(バン! バン! バン!!)』
さっき消えたホログラムが、再び現れた。
ただし今度は、体に穴がいくつか開いていた。
しかも、ポチの投影なしでも自由に動いている。
「……いや、うん。普通に銀行強盗してた。クソッ、なんで警察にバレたんだ……あの、まだ残ってる料理ある?」
「残り物は持ち帰る。お前の分はない」
馬面が男の首へ腕を回し、そのまま三途川の方へ引きずっていく。
「お前もそろそろ帰れ」
牛頭がこちらを見た。
「ここはお前の世界じゃない。これ以上留まり続ければ、命がいくつあっても足りんぞ」
「う、うん……帰る……って、いや待って!?」
私は震えながら、背後の壊れた転送陣を見る。
そもそも最初から好きで残ってたわけじゃないんだけど!?
「彼岸花の汁を接着剤代わりにすればいい」
牛頭がそう言った時には、もう転送陣は修復されていた。
転送の光が、少しずつ強くなっていく。
「あ、そうだ」
私は振り返り、抱き合う幽霊たちとホログラムを見つめる。
それから牛頭を見て、唇をぎゅっと噛んだ。
「なんだ? まだ帰らないのか?」
「……」
私は拳を握りしめる。
そして、ポチの配信を一旦オフにした。
そのあと、ようやく覚悟を決めて口を開く。
「……その……私の、両親は……
ここで……幸せ、なんですか?」
牛頭は目を閉じ、指でこめかみを押さえながら何かを考えていた。
しばらくして、静かに目を開く。
「幸せに暮らしている」
「……よかった!」
「ただし……」
「ただし?」
「お前の両親は、冥界にはいない」
私は視線を落とす。
胸の奥に、小さな寂しさが広がった。
「……もう、転生したんですか……でも、それならそれで……」
「違う」
牛頭は首を横に振った。
「今も幸せに暮らしている。新しい家庭もある。子どももいる。仕事も順調だ」
「……ただし、転生でもなければ、冥界でもない。お前と同じ世界で、だ」
頭の奥で、耳鳴りみたいな音がした。
足元がぐらりと揺れる。
「……な、なんで……!? だって、あの日……事故で死んだって……!」
「事故など最初から存在しない」
牛頭は静かに言った。
「ただ――
お前を、捨てただけだ」




