第55話
サクッ——
まるで口の中をマッサージされてるみたい。
彼岸花の細い花弁は、天ぷらにされたことで、とんでもないレベルのサクサク食感へと変貌していた。
「んむ〜、この“サクサク感”については、もう私が説明しなくても……音だけで伝わると思います……」
「まさか花びらを噛むと、ほんのりピリ辛感があるなんて……。ただ、想像してたほど花の香りは強くないですね。油の香りに負けちゃってるのかも……」
人手が増えると、やっぱり早い。
みんなの協力もあって、あっという間に三途川のほとりには豪華な宴席が並べられていった。
主役である彼岸花と、三途川の魚料理。
それ以外にも、死者の家族たちが供えた料理がずらりと並んでいる。
でも——
そういう普通の食べ物は、今回の私のメインターゲットじゃない。
「ん〜〜、こっちの彼岸花の和え物は、ちゃんと花の香りを感じますね。でも、花そのものの味はかなり薄めなので……意識して味わわないと、ちょっと分かりにくいかも」
「結論。調味料に浸したティッシュを食べるのと、そこまで大差ないです……」
【毒効果反転が発動しました!】
【消化能力+5】
【血圧安定(24時間)】
【精神安定(24時間)】
「あっ、やっぱり毒あったんだ。みなさん、絶対に真似しないでくださいね」
『うん、ありがとう……?』
『「火葬中の死者は喫煙を控えてください。肺に悪いので」くらい意味ない注意でしょ、それ』
「私は真面目に言ってるんですけど!?!?」
「地球にも似た見た目の曼珠沙華あるじゃないですか! あっちも毒あるんですよ!? もし誰か真似して食べちゃったら大変なんだから……! 配信BANされたら、私もポチも飢え死にするんです!」
『リュックに100億円クラスの薬詰め込んでる奴が「飢え死にする」って言ってるの、だいぶ面白いな』
『金山の上で餓死する守銭奴って、たぶんこういう感じなんだろうな……』
『少なくとも今日は餓死しないだろ。というか、そっちの魚って味どうなん? 三途川の水質込みでちょっと気になる』
『わかる。三途川の魚って聞くと、なんかガンジス川思い出すんだよな。向こうって死者を川に流す文化あるじゃん。三途川とか……もっとヤバそうだし』
「そこは大丈夫ですよ〜。さっき牛頭さんにも聞いたんですけど、遺体そのものはちゃんと現世で処理されるらしいので。三途川の水、普通に綺麗です」
『でもさ、「金持ってない死者は船頭に川へ投げ込まれる」みたいな話なかった?』
「それ、かなり昔の話みたいです。昔は船頭さんの中に、職権乱用して賄賂取ってた人がいたらしくて……死者一人につき六文徴収してたんだとか。あとで告発されて、とっくにクビになったみたいです」
「ほら、見てください。水すごく綺麗ですよ」
私はポチを連れて、川辺へしゃがみ込んだ。
透き通った川底が、はっきり見える。
灰色の小魚たちが水草の間を行き来していて、石の上ではタニシがのそのそ動いている。
『なんかさ……冥界の生活環境、今の俺の住んでる場所より良くない?』
『おい待て待て待て、変な気起こすな!!』
『だから昔の人って、冥界をわざわざ怖く描いてたんだろうな。「自殺したら地獄行き」ってことにしないと、現世で生きる意味なくなるし……』
『ダンジョンが出てきてからは、現実もちょっと面白くなったけどな』
コメント欄を見ていて、私はふと気づいた。
……あんまり冥界の良いところを紹介しすぎるの、よくないかも。
もしここが“移住先候補”みたいに思われ始めたら、さすがに洒落にならない。
「……はい! じゃあ話題を食レポに戻しましょう!」
「次は、彼岸花と一緒に煮込まれてた赤い魚を食べてみます!」
赤い魚。
見た目はちょっと鯉っぽいけど、尾びれがもっと細長い。
私は小さな椀によそって、ふーふーと冷ましてから口へ運んだ。
「……おいしい!!」
「フグとは全然方向性の違う美味しさです!」
「身がめちゃくちゃ柔らかい……! 舌に触れた瞬間、ほろって崩れて、そのまま旨味が一気に広がります!」
「フグって食感は最高なんですけど、“魚そのものの旨味”は意外と控えめじゃないですか。でもこの魚は違うんです……!」
「ずっと煮込んだ昆布出汁を、そのまま身の中へ閉じ込めたみたいな感じというか……魚そのものが、噛むと出汁の弾ける粒みたいで……」
「ぷしゅっ、って……口の中で出汁が弾けるんです!」
「……おいしすぎるぅ!!」
感情が高ぶりすぎて、心拍数まで一気に上がっていく。
【蘇生に成功しました】
「……へ?」
私はお椀を持ったまま、ぽかんと目の前の通知を見つめた。
隣では牛頭さんが魚をひと口食べて、幸せそうに親指を立てている。
「いやぁ〜、美味すぎて死んじまったねぇ!」




