第50話
私は何度も、何度も――引き剥がした床石を元の場所へ押し戻していた。
十回。
百回……
珍しく、ポチですら何も言わない。
けれど、何度やっても。
地面の魔法陣は、ぴくりとも反応しなかった。
光は、一切灯らない。
スロットに噛み合うような、あのカチッという音もない。
……まるで、私の人生みたい……
私はゆっくりと顔を上げた。
そして、配信カメラを見る。
「この人生で……
みんなに出会えて……
本当に、幸せでした……」
『おいおいおい待て待て待て!? これ演出だよな!? 配信者、今回マジで地獄に落ちたんじゃないだろうな!?』
『ごめん、今は悲しむ場面なの分かってるんだけど……マジで笑い止まらないんだが!?』
『こいつが地獄に閉じ込められた理由思い出すたびに……笑いのツボと倫理観が殴り合い始めるんだがwwwwwTATwwwwTAT……』
『前向きに考えようぜ! 少なくともこれで、配信者は安心して冥界配信できる! もう幽霊相手でも怖くない! だって全員死んでるしな!!』
『配信者さん、三途の川の向こうでアインシュタインにこの宿題の解き方聞いてきてもらえませんか? 学校でAI禁止されちゃって……。お供え物します! さっきイチゴ大福食べたいって言ってましたよね? ちょうど一口食べたやつの残り半分あります!』
『上のやつ最低すぎるだろ!! 人が地獄行ってるのに食いかけの大福供えるなよ!! せめて新品買え!!』
『……イチゴ大福食いながら宿題? 翔太? お前か? 勉強時間に隠れて配信見てんじゃねぇ!! 今から部屋行くからな!!』
『wwwwwwwwダメだ、悲惨すぎるのに全然悲しくならねぇwwww』
『この配信者の追悼会、面白すぎるだろ。次いつ死ぬの? また見たいんだけど。なんか鬱まで軽くなってきたわ』
「……」
こっちは滝みたいに泣いてるのに、向こうはずっとwwwwwしてる。
まるで、
『こういう展開もっとやってくれ!』
みたいなテンションだ。
……一回死んだだけじゃ足りないの!?
やっぱり、人の悲しみって共有できないんだ……
「もうちょっと真面目にしてよぉ!! うぅぅぅ……!」
泣き顔を見られたくなくて、私はぷいっと顔を逸らした。
そのまま、手近にあったものを適当に掴み、ぐしゃぐしゃに顔を拭う。
やっと。
やっと、まともに稼げる仕事が見つかったのに。
ポチに色んなモジュールを買ってあげられるようになって。
美味しいものも、好きなだけ食べられるようになって。
お腹を壊すことにも怯えなくてよくなって……
なのに。
こんな形で……
終わり?
あまりにも急すぎる。
心の準備なんて、全然できてない。
「ポチ……私、これからどうすればいいの……」
【次のお盆まで待機し、他の幽霊に紛れて冥界から離脱する方法があります。】
「……頼もしすぎる提案ありがとう。つまり最低でも数か月は、墓場より何百倍もヤバい場所でサバイバル生活しろってことだよね?」
【輪廻転生を試みるという選択肢も存在します。】
「……サバイバル生活のほうがまだ気楽かも……」
「やっぱり来るべきじゃなかった……やっぱり……」
ぶつぶつ呟きながら、私は周囲に散らばった調理器具を片づけ始める。
――そのときだった。
肩に。
冷たい感触が、乗った。
まるで氷を直接押し当てられたみたいに冷たい。
ぞわっ、と全身が震える。
「ポチ、やめてよぉ……」
言いかけて――
私は目の前を見た。
配信中のポチは、今も空中に浮かんでいる。
じゃあ……
肩に触れてるこれ……
……なに?
全身が、一瞬で硬直した。
震える視線を、ゆっくりコメント欄へ向ける。
そこには――
コメント欄が完全に壊れていた。
画面いっぱいに。
真っ赤な文字が、狂ったように流れ続けている。
『逃げろ!!!!』
『逃げてえええええええ!!!!』
『幽霊!!!! 幽霊!!!!』




