第41話
つまり――三つ目の問題も、私たちは正解だったのだろうか?
重苦しい空気の中、私と青野、そして配信を見守る視聴者たち全員の視線が、屋台の店主へと注がれていた。
「……哀れですね……」
だが、店主は静かに溜息をついた。
その瞬間、全員の胸がずしりと沈む。
「あなたは、答えまであと一歩のところにいたというのに」
店主の顔を覆うタロットの仮面。その上で、“女教皇”がゆっくりと立ち上がった。
慈悲深く穏やかだったはずのその顔には、今や深い失望だけが刻まれている。
見下ろしてくる瞳。
その視線は、刃みたいに胸へ突き刺さった。
「……」
まあ。
どうやら、不正解だったらしい。
店主自身は何も言わない。
代わりに、仮面の上の女教皇が、失望に満ちた声音でゆっくりと言葉を紡いだ。
「四十万年もの間……お前は初めて、前二問を突破した“謎を解いた者”だった」
おぉ〜、それって結構すごくない?
「誰もが知る“常識問題”を前にすると、人は皆、自らの常識を信じ、そこから半歩も踏み出そうとしない。
莫大な利益を前にした瞬間、人間は保守的になるのだ。
だが、お前は違った。
第三問における“タロットの反転”の秘密にさえ気づいていた。
それなのに、最も哀れなのは……お前が最後まで自分の判断を貫けなかったことだ。
お前には、他の挑戦者を遥かに凌駕する才能がある。その才能は、神々すら震え上がらせるほどのものだ。
それなのに、お前は一度たりとも自分自身を信じようとしない。真の偉大さへ踏み出そうともしない……!」
女教皇の表情が、失望から嫌悪へと変わる。
「お前は愚者よりも憎らしく、智者よりも哀れだ。
愚者? 智者?
……どちらでもない。
お前は“臆病者”だ。お前は、この忌々しい……」
その瞬間だった。
女教皇の罵声が、唐突に止まる。
冷たく、落ち着き払った声が、不意に割って入ったからだ。
【答えは隕石です】
店主も、女教皇も、同時に息を呑んだ。
視線が、私の頭の横に浮かぶポチへ向く。
今の言葉。
ポチが言ったのだ。
【私の回答に効力はありますか?】
ポチの冷たい声が、再び響く。
……こんな口調のポチ、聞いたことがない。
まるで、言葉に感情を偽装するための演算リソースを一切割く気がないみたいに、その声に滲む敵意はまったく隠されていなかった。
店主は反射的に頷き、機械のような声で告げる。
「規則に適合。回答は正解。取引成立」
その瞬間。
辺りが静まり返った。
店主の顔のタロットカードが、突如として燃え上がる。
炎の中で、店主の肉体は空気の抜けた風船みたいにしぼみ、あっという間に灰へと変わっていった。
あとに残ったのは、
屋台の上に置かれた、“完全回復薬”。
水晶の瓶は七色の光を静かに放ちながら、まるで最初からそこにあったみたいに、私たちの前に佇んでいる。
「……成立、した?」
「……はぁ???」
私も青野も、完全に状況についていけないまま、その薬剤を見つめていた。
「ポチ……今の……」
【あの存在は、あなたを罵倒していました】
「……」
【あなたのアシスタントとして、あなたを暴言から守るのは私の責務です。
これは、以前あなたが財布を忘れて店員に怒られ、泣きながら帰宅した際に設定されたルールです】
「……」
【他にも、
パン屋の前でしゃがみ込み、匂いだけ嗅いでいた際、店員が近づいてきた場合、速やかな離脱を通知する。
などのルールも存在します。
さらに……】
「もういいからぁ!!」
私は顔を真っ赤にして、慌ててポチのスピーカー部分を両手で塞いだ。
「ほ、ほら! 魔法市の話を続けようよ! 魔法市って開催時間に制限あるんでしょ!? もっと急いでルール調べないと……!」
『ダメだ腹筋壊れるwww このAI、敵側のスパイだろ!? 配信者の尊厳を一切守る気ねぇ!!』
『待って待って待って、これマジなの!? 前に70億で競売された薬剤……本当に手に入れたの!?』
『AIも一回だけ回答できるのかよ!?!?』
『70億ドル??? そんなわけある!?!?』
『羨ましすぎて死ぬんだけど!! なんで奇遇イベント引いたのが俺じゃないんだよ!!』
『ヤラセ! 絶対台本! 幻覚!!』
『【認証済】エリン・マスク SSS級冒険者 SpaceWギルド会長:
70億ドル。私が買う。現在G166ダンジョンへ向かっている』
『????』
『??????』
『え、待って、今とんでもない奴来なかった???』
『【認証済】イワン・ジェノ 世界第一錬金術師:
75億。横取りするな。この薬剤の配合解析を試したい。成功すれば量産可能になる』
『【認証済】柳青弦 SSS級剣修 天枢剣宗宗主:
よく言う。お前の解析成功率は0.03%だろうが。70億超えの薬剤を本気で分解する気か? 俺は80億出す』
『【認証済】エリン・マスク SSS級冒険者 SpaceWギルド会長:
100億。争うな。私はS06・ケンタウルスα星ダンジョン攻略のために購入するだけだ。保険が一つ増えればそれでいい。
癌程度の病気なら、S33ダンジョンの“治癒の泉”に100億払えば十回は浸かれる』
『【ID非公開】謎のS級冒険者:
101億。売ってくれ』
私は呆然としたまま、配信コメント欄を見つめていた。
……私、まだ夢の中にいるんじゃないかな?




