第40話
「なんで答えがビリヤード台になるの!? っていうか、“緑で、毛があって、”って聞いて、反射的にビリヤード台を思い浮かべる奴がどこにいるの!?」
青野は完全に混乱していた。
だが、店主は青野の問いには答えない。
その首がわずかに傾く。
すると、タロットカードに描かれていた“女教皇”の後ろ姿も、まるでそれに合わせるように少し向きを変え、横顔を見せる構図へと変化した。
カードの仮面には目の部分なんて存在しないはずなのに。
それでも私は――店主に見つめられている気がした。
「では、第二の謎です」
「……」
二問目が始まった瞬間、青野は慌てて抗議を引っ込め、真面目な顔で耳を傾ける。
店主はゆっくりと口を開いた。
「朝には四本脚、
昼には二本脚、
夜には三本脚。
――それは何でしょう?」
それを聞いた瞬間、青野の目がぱっと輝いた。
今度も私が答える前に、彼女は即座に叫ぶ。
「人間!! 答えは人間!! これ、スフィンクスの謎でしょ!? 超有名なやつ! 人間が正解なんだから、今回は絶対に間違ってない!」
「なんで人間なの?」
「この謎ではね――
“朝”は赤ん坊の時期を意味してて、四つん這いで歩く。
“昼”は成人で、二本足で歩く。
“夜”は老後。杖を使うから“三本脚”になるの。
最後にこの謎を解いたのがオイディプス。ギリシャ神話でもめちゃくちゃ有名な定番の謎なんだから!」
青野は自信満々に解説した。
「不正解です」
「……は?????」
青野の顔が凍りつく。
「いやいやいや!? だってこれ、答え決まってるタイプの謎じゃん!? なんでそれで間違いになるの!?!?」
「あなたたちには、あと一度だけ回答権があります」
店主の冷たく感情のない声が響く。
そして、そのまま私を見た。
「あなたの答えは?」
私は迷わず口を開く。
「ビリヤード台」
「正解です」
「ぶふっ——————」
青野が額を押さえ、その場でふらりと揺れた。
「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
えっ?
半狂乱の青野を前に、私はぽりぽりと頭を掻く。
それから、真面目な顔で自分の推理を説明した。
「だって、朝は普通のビリヤード台だから四本脚でしょ?
昼に脚を二本ノコギリで切られたから二本脚になって。
夜に一本だけ修理したから三本脚」
「なんでビリヤード台の脚を切るんだよぉぉぉ!?」
「朝、木の上からビリヤード台が落ちてきてびっくりしたから……仕返し……」
私はおずおずと答える。
「じゃあなんで最後また直したの!?」
「切ったあとで、ちょっとやりすぎたかなって反省して……」
「……なんでビリヤード台に感情移入してんの???」
「えっ、でもさ。木の上に隠れてて、急に落ちてきて驚かせてくるビリヤード台って、なんか可愛くない?」
「どこが!? 普通に病院送りだろ!!?」
私はへへっと笑いながら頭を掻いた。
「でも、正解したなら結果オーライってことで〜」
「……」
青野は完全に壊れていた。
「私の問題を正解した者は初めてです。それも、一気に二問も」
店主が感慨深げに呟く。
「……」
青野は虚無みたいな目で空を見上げた。
「……こんなの、アインシュタインが来ても解けないでしょ……」
「では、最後の問題です」
店主の声が再び遠ざかる。
まるで、謎そのものへ溶け込んでいくみたいに。
「黒く、重く、
空から落ちてくれば致命的。
地面に落ちれば、大きな音を立てるもの。
――それは何でしょう?」
「これ分かった」
青野はもう考えることを放棄した顔で、即答した。
「ビリヤード台」
「不正解です」
「……はいはい、もうどうでもいい」
青野は完全に投げやりモードに入っていた。
「どうせ私が答えたら全部ハズレなんでしょ? こんなのもう謎かけじゃないって……」
私は眉を寄せる。
この問題は難しい。
――黒くて、重くて、空から落ちてきたら致命的で、地面に落ちたら大きな音がする。
そんなもの、いくらでもある気がする。
適当に答える?
そう思った、そのときだった。
私はふと、店主の顔にあるタロットカードへ目を向ける。
最初は背中を向けて座っていた“女教皇”が。
二度の回答を経て、完全に向きを変えていた。
今は正面を向き、手に本を抱えている。
その絵柄自体は知らなかったけど、さっきコメント欄で見た言葉を思い出す。
――逆位置の女教皇は愚鈍。
――正位置の女教皇は知恵。
私は前の二問を思い返した。
正直、あの二つの答えが正解扱いされるなんて、私自身まったく予想してなかった。
ただ思いついたことを、そのまま口にしただけ。
正解できたのなんて、たまたまだと思う。
……というか、あの答え、かなりバカっぽかったし。
なら。
逆位置の女教皇が“愚かさ”を示していたなら。
今度は“知恵”。
つまり、もっと常識的な答えにするべきなんじゃない?
例えば――
隕石。
そっちのほうが、明らかに普通だ。
しかもビリヤード台は、さっき否定された。
……でも。
もし、あのタロットカード自体が私を惑わせるための罠だったら?
私は目を閉じる。
そして。
再び目を開いたときには、もう答えは決まっていた。
口元に小さく気楽な笑みを浮かべながら、私は肩の力を抜いて答える。
「じゃあ――ピアノで」
「……本当に、それでいいのですか?」
店主の身体が、ぴくりと震えた。
「うん」
「……なぜ、その答えを選んだのです?」
「適当」
「適当……? その薬剤は、あなたたちの世界では運命すら変えうる高価な品なのでしょう? それなのに、なぜそこまで軽く答えられるのですか?」
「はは、まあね。七十億だもん。そりゃ欲しいよ〜」
私はめちゃくちゃ同意するように頷いた。
店主は黙ったまま、じっと私を見ている。
なので、私は続けて説明した。
「最初はね、ちょっと悩んだの。
顔のタロットが変わったのを見て、“答え方を変えたほうがいいのかな”って思ったし。
でも途中で気づいたんだ……
“答え方を変えて外した場合”も、
“タロットの変化を無視して外した場合”も、
どっちにしろ、あとで絶対に後悔して、すごく傷つくなって。
“ルールが曖昧で、相手の気分ひとつで正解にも不正解にもなる答え”のせいで、一生後悔するとか――コスパ悪すぎるじゃん!
だから……後悔しないように、目を閉じて適当に決めたの。思いついたものを、そのまま答えただけ」
「……後悔しないため?」
「うん。だから、正解でも不正解でも、もうどっちでもいいかなって。
間違えたせいで、自分がつらくなるほうが嫌だったから。
それに――私は青野さんを信じてるしね。
こういう薬だって、きっとそのうち作れるようになるよ。
私と違って、青野さんは天才なんだから!」




