第37話
私は宿のベッドの上で目を覚ました。
目が覚めた瞬間、なぜか――何か大事なものを見落とした気がして、胸の奥に引っかかる。
「ポチ……私、何か忘れてない……?」
【思い出せないことが、必ずしも不幸とは限りません】
「それもそうだね……っていうか、お腹すいた……」
【G166ダンジョンの野外には、美味でありながら猛毒を持つ魔法植物が多数存在します。配信の開始を推奨します。タイトルは『見つけたものを全部食べる』が適切です】
「うわ、そのタイトル怖すぎるでしょ……」
ポチの提案は採用しなかったけど、結局私は外に出ることにした。だって、お腹が限界だから。
【口渇を防ぐため、錬金術師を一名携行することを推奨します】
「……携行って何? 私、装備品か何か?」
青野が露骨に不機嫌そうな目でポチを睨む。
【お二人でのコラボ配信を提案します。一人が『拾ったものを食べる』、もう一人が『拾ったものを錬成する』。ランダムチャレンジとして成立します。有用な薬剤が生成された場合、その場で配信内オークションも可能です】
青野の目が、ぱっと見開かれた。
「このAI、天才すぎない!? 私、どこに配置されればいい!? ぜひ私を携行してください!!」
「……」
◇
「……というわけで、今日は二人でコラボ配信です。みんな、私に何を食べてほしい?」
一通り事情を説明したあと、私はコメント欄に視線を向けた。
さて、みんなが一番見たい“私が食べるもの”は――
「……ゾンビ?????」
「なんで急にそんな団結力発揮してるの!? あんなの絶対まずそうでしょ!?」
「いや、気にしてるのそこなの……? 論点ズレてない……?」 青野がぐったりした声で突っ込む。
「でもさ、ハムとか塩漬け魚とか熟成肉とか、微生物の発酵を利用した食文化ってあるじゃん? もしかしたらゾンビウイルスも、一種の発酵現象なのかも……」
私は首をかしげながら、真剣に考え込む。
[ちょっと待て、この子マジで考えてない??]
[“ゾンビを味わう”とか検討してる人間初めて見たんだけど??]
[ゾンビ追いかけてかじる人間とか、そんなホラー映像やめてくれえええ!!]
「あ、人間のゾンビはさすがに食べないよ? でもゾンビウイルスって、人間だけに感染するわけじゃないでしょ。家畜とか……牛とか鹿とか」
[ダメだ!話題変えろ!!本気だこの子!!]
[一生のうちで“ゾンビ食う人間”を見ることになるのかよ!?]
「まあ今日は無理だよ。ここG166ダンジョンだし。魔法ダンジョンであってゾンビダンジョンじゃないから。今日は魔法食材縛りね!」
[野外で魔法食材採取? 甘いな、少女よ。]
[G166で野外食材とか……初見だな?]
「え? どういうこと? G166の野外って何か問題あるの?」
[G166は魔力濃度が高すぎて、野生の植物や菌類は全部高級魔法素材扱いだ]
[採集パーティが常駐してるから、木と雑草以外は全部刈り尽くされてる]
「……それって、私、普通に餓死コースじゃない?」
正直、もう軽く低血糖っぽい。
朝ごはんも食べてないし……
……あ。
あれ?
ちょっと待って。
あの高級宿のビュッフェ……
一口も食べてない……?
「いやあああああああああ!!!!」
二重の絶望に頭がくらっとする。
【……やはり思い出しましたか……】
ポチがため息をついた。
「? 何を思い出したの?」
青野が首をかしげる。
【表情分析の結果、彼女は99.3%の確率で『今朝食べ損ねた朝食』を想起しました。残り0.7%は『未提出の大学志望届』であり、締切まで残り5日です】
「……」
「え? 締切、あと5日しかないの!?」
三重コンボ。
でも、物事って最悪まで落ちると、逆に変な転機が来るらしい。
私たちが曲がり角を曲がった、その瞬間だった。
遠くの空に、突如として号角が鳴り響いた。
雲海を切り裂くように、無数の帆を張った艦隊がこちらへ向かって進んでくる。
さっきまで空にあったはずのそれが――
次の瞬間、跡形もなく消えた。
そして。
気づけば、目の前には――
とんでもなく賑やかな市場が広がっていた。
入口には、仮面をつけた華やかな魔法使いが立っている。
彼は優雅に一礼し、私たちへと手を差し出した。
「……『古の魔法市は、最初に見つけた者にのみ門を開く』……」
青野が呆然と呟く。
「私たち……今回の“古代魔法市”の初見者になっちゃったってこと……?」




