第21話
いつも通りの白い光が、空中で凝縮されて液体へと変わり、正確にビーカーの中へと落ちていく。
その錬成が終わった瞬間、緑髪の少女は――
どさり、と音を立ててその場に倒れ込んだ。
彼女は震える指でビーカーを指し示す。
「……私のことはいい……ただ、魔力の消耗が激しすぎただけ……早く……試して……」
私は巨大なパンダの前足でビーカーを持ち上げ、そのまま口元へ運ぶ。
……飲みにくい!
でも、なんとか傾けて――
ごくん。
少し苦い。
……で、効果は?
[状態「水元素注入(1時間)」を獲得:水元素が急速に体内へ流入しています]
……あれ?
これ……また毒、発動してる?
いや、待って。
今回は――毒効果反転の通知が出てない。
ってことは――
この効果、反転じゃない。
最初から正常な効果……?
「がおおおおお!(成功!! この薬、無毒!!)!!」
「え……今、なんて?」
「すごく興奮してる……ってことは、やっぱり毒……?」
「がお!(毒じゃないってば!!)」
「めちゃくちゃ首振ってるし……“飲むな”って意味だよな……」
なんでだよおおおおお!!
なんで人類こんなにアホなの!?
……いや待って、私も人類だったわ。
もういい!
こうするしかない!!
私は腰に巻かれていたロープを一撃で断ち切り、三本の足で地面を引っかきながら、一気に中毒状態の少年へと飛びかかった。
「危ない!」
「な、何する気だ!?」
――でも。
患者に近づいた瞬間、私は勢いを緩める。
そして、そっとビーカーを差し出した。
「……飲ませろ、ってことか?」
神代がすぐに意図を汲み取る。
「うむうむ!!」
私は全力で頷いた。
「本当に無毒なのか? まだ五本目だぞ……いつも私は天井引くまで成功しない……まだ、もう少しだけなら――」
緑髪の少女が、ふらつきながらも起き上がる。
「がお!(無毒!! 早く!!)」
「……分かった。それに、彼ももう次は待てない」
神代は短く頷く。
「どのみち、試すしかない」
そう言って、少年の顎を無理やりこじ開けた。
別の人がビーカーを受け取り、わずかに開いた唇の隙間へと流し込む。
とく、とく、とく……
残りの薬も、すべて無事に流し込まれた。
――その場にいた全員が、円を作るようにして少年を囲む。
息を詰めて。
奇跡を待つみたいに。
一秒。
五秒。
一分。
「……」
沈黙。
不安だけが、空気を重くする。
少年は――動かない。
まるで乾いた薪のように、硬直したまま。
せっかく灯った希望が、また沈んでいく。
「……ダメ、だったのか……?」
「……パンダの判断なんか信じたのが間違いだったのか……」
「うむぅ……(ちゃんと効いてるのに……)」
二分。
それでも、動かない。
ヒーラーが、静かに目を閉じる。
「……申し訳ない。彼は、もう――」
「うわあああああああああパンダだああああああ!!」
絶叫が、空気を切り裂いた。
次の瞬間。
少年の身体が、バネみたいに跳ね上がる。
――直角に、九十度。
ガバッと起き上がり、そのまま絶叫。
「パンダが食おうとしてきた!! 助けて!! 助けてえええ!!」
「……」
沈黙。
今度は、違う意味の。
「……あれ? なんで俺、ここに……何があったんだ……?」
少年はきょとんと周囲を見回す。
そして、私を見た瞬間――
顔が固まった。
「がお!(助けたのは私だろこの野郎!!)!」
「うわああああああ本物のパンダだあああああ!!」
その悲鳴と同時に。
凍りついていた空気が――
ぱきん、と音を立てて砕けた。
次の瞬間、周囲から一斉に笑い声が爆発する。
「この……バカ!!」
担任は涙を流しながら叫ぶ。
「そのパンダに助けられたんだぞ!!」
「がお!?(そのパンダって言い方やめて!?名前あるんだけど先生!?)」
「……俺……さっき、どうなってたんだ?」
少年は頭をかきながら呟く。
「だから言ったでしょ! ダンジョンのものを勝手に食べるなって!! 中毒だったのよ! バカ!! もう少しで……もう少しで、本当に戻ってこれなかったんだから!!」
「この野郎!」
同じテントの仲間二人が、勢いよく少年に飛びつく。
三人はそのまま、ぐちゃぐちゃになりながら抱き合って泣き出した。
さらに――
ひとりの、おとなしい女子生徒が、そっと歩み寄る。
何も言わずに。
そのまま、少年に抱きついた。
「……高橋くん……もう会えないかと思った……!」
「おお〜〜〜!!」
周囲が一斉に囃し立てる。
キャンプ全体が、歓声と笑いと涙に包まれる。
助かった少年も。
その子を想っていた少女も。
担任も。
みんな、泣きながら笑っている。
――そして。
誰も気づかない。
ふわふわと空へ流されていく、一匹のパンダ風船に。
助けてええええええええええええ!!




