第18話
「どいてください! ヒーラーです、道を空けてください!」
キャンプにはヒーラーが不足しているわけではない。
今日は修学旅行の日で、各クラスにはフルメンバーの冒険者パーティが護衛として同行している。
少し離れた場所のテントの周囲には人だかりができていて、担任の先生が焦った様子でその周りをぐるぐると歩き回っていた。
「お願いだ、助けてくれ! 頼む!!」
「広域解毒ポーションがあります! 先にこれを飲ませます!」
顔面蒼白の少年が、地面に仰向けで倒れている。
まるで石のように、まったく動かない。
ヒーラーが少年の口をこじ開けようとするが、筋肉が異様なほど硬直していて、何度試しても開かない。
「口を開けてくれ! 早く!」
「私がやる」
神代が前に出る。
少年の頬を強くつかみ、顎を引き下げるように力を込める。
かなりの力を使っているのが分かる。
それでも、わずかに隙間が開くだけだった。
「今よ!」
ヒーラーはすぐに解毒ポーションを流し込み、手のひらに淡い乳白色の光を灯す。
その光で薬液を胃へと導き、吸収を促進する。
その場にいた全員が息を呑み、ヒーラーの手が少年の全身をなぞるのを見守る。
しかし——
「どうして効かないの!? 解毒ポーションは完全に作用しているはずよ!」
ヒーラーの額に汗が滲む。
「広域解毒で対処できる種類じゃない……病院で検査しないと、毒の特定は無理だ」
別のヒーラーが首を振った。
「ダメだ!! 転送ポイントが遠すぎる! 【グリフォン騎士の救急搬送】が今すぐ来ても到着に三十分、戻るのにも三十分……!」
「このままじゃ間に合わない! 生命反応が急激に低下している、あの時点まで持たない!」
「すぐに解毒方法を特定しないと! 彼、さっき何をしたの!? 誰か見てなかった!?」
ヒーラーが周囲の生徒たちを見回す。
一人の男子生徒が慌てて手を挙げた。
「さっきテントで、自分のサバイバル技術を見せるって言って……途中で採取した食材を煮込んでスープにしたんです。でも、一口飲んだ瞬間、倒れて……!」
ヒーラーの表情が変わる。
「スープは!? 他に飲んだ人は!?」
「いえ、彼だけです。鍋はまだテントの中にあります」
「それならまだいい……毒源を封鎖して! 絶対に誰も触らせないで! 匂いだけでも中毒する可能性がある!」
テントの外で、担任の先生が必死の形相で叫ぶ。
「どうすればいいんだ!? 彼は私の生徒なんだ……私がきちんと管理していれば……! どんな方法でもいい、頼む、助けてくれ!!」
「最善は尽くしています……ですが、毒の種類が分からなければ、適切な血清も選べません……彼が何を食べたか、分かりますか?」
「覚えています!」
同じテントにいた男子生徒が答える。
「白と黄色のキノコが何種類か、セロリみたいな草が一本、ジャガイモみたいな塊が二つ、それから鶏肉と、カラフルな調味料、魔物の油脂、それと普通に見える魚が二匹……」
「……」
ヒーラーたちは一斉に頭を抱えた。
種類が多すぎる。
どれが原因か、まったく特定できない。
しかも、全部煮込まれていて原形が分からない。
どうする——?
「……グリフォン待ちしかないのか?」
「それじゃ間に合わないって分かってるだろ……呼吸がさらに弱くなってる、心拍も落ちてる。このままじゃ五分も持たない」
「……」
ヒーラーたちが沈黙する。
「お願いだ……助けてくれ……! 本当に頼む……! この子の父親はダンジョンで行方不明なんだ……この子までここで失うわけには……!」
担任の先生が地面に膝をつき、必死に頭を下げる。
ヒーラーたちは顔を背けるしかなかった。
「……申し訳ありません。ダンジョンの毒は複雑すぎます。広域解毒が効かない以上、対処法が分かりません……」
「毒は外傷と違って、傷を治せばいいというものではありません。作用機序は無数にあり、それぞれに対応する必要があります。下手に薬を使えば、むしろ死を早めるだけです……」
「……すみません」
「本当に、できる限りのことはしました」
「ですが、この毒の進行が速すぎます」
「……」
「……」
担任の瞳から、完全に焦点が消えていた。
「そんな……どうして……こんなはずじゃ……こんなはずじゃない……頼む……頼む……」
「……」
重苦しい空気が場を支配する。
その空気を——
突如として、悲鳴が引き裂いた。
「何してるの!? それ毒スープだってば!! やめて——!!」
全員の視線が、一斉にそちらへ向く。
その視線の先で。
私は——
鍋を持ち上げていた。
止められる前に。
思いきり、一口飲み込む。
——ごくん。
ちゃんと、飲めた。
「紗和!?」
「……どうして……?」
担任が、打ちのめされたような目で私を見る。
「私が何をしたっていうんだ……もし間違っているなら、私を罰してくれ……どうして、生徒を……しかも同じ日に二人も……!」
「大丈夫」
私は鍋をそっと下ろす。
体の内側から湧き上がる“それ”を、静かに感じ取る。
「さっき言ってたよね。
毒の作用メカニズムさえ分かれば——
助けられるって」




