第17話
テントに飛び込んできた少女は、眼鏡を外すと、その大きくて丸いレンズを丁寧に拭き、もう一度かけ直した。
ようやく私の顔がはっきり見えたのか、彼女はぱっと声を上げる。
「……あなた! 命の恩人! また助けてくれたんだね!」
「今回は勝手に飛び込んできただけなんだけど……それより、なんでここにいるの? 普通なら病院にいるはずでしょ?」
この人、自分の錬金薬剤を爆発させて、毒煙で死にかけたはずだ。
普通なら今ごろ病院で治療を受けてるはずなのに。
「げほっ——わ、私は……」
少女の表情が少し気まずそうに歪む。
……あ。
ひとつ、嫌な可能性が浮かんだ。
「まさか、放火の罪から逃げるために脱走してきたとか?」
「ごほごほっ——に、逃げてない! そんなわけないでしょ! 私は……」
長いこと、言葉を探すように口ごもって、
最後には観念したみたいにため息をつき、肩を落とし、そのまま全身の力が抜けたみたいにぐったりした。
「……もう無理。賠償金なんて払えないし……捕まる前に薬を作って、少しでも返そうと思って……少しでも罪が軽くなればって……」
「……」
「錬金術師が賠償払えないって……東京タワーでも燃やしたの?」神代は剣を相手の首元から離した。「お金に困ってる錬金術師なんて、初めて見たわ」
私も思わずうなずく。
「うん。錬金術師って、みんなお金持ちって聞くし」
その言葉に、少女の顔がじわっと赤くなる。
「……私、錬金の成功率が低すぎるの……十回やって一回しか成功しないから、ずっと赤字で……」
「……それはキツい」
その成功率、もう錬金術師としてやっていけないレベルじゃない……?
「いずれにせよ、居住区での錬金術は違法かつ危険な行為よ」神代の声がわずかに厳しくなる。「今すぐ出頭するべきよ。今の逃亡は、ただ刑期を延ばすだけ」
「だから私はやってないって言ってるでしょ! 合法範囲の薬剤を保管してただけ! なのに、原因もわからないまま火が出て……!」
少女の顔は青ざめていた。
「悪いけど、あなたは錬金術師だからね。その言い訳、誰も信じないと思うわ」
「……っ」
少女はぎゅっと歯を食いしばる。
「誓う! 本当に錬金術なんて使ってない! もし使ってたなら——今すぐ雷に打たれて死んでもいい!」
「ちょっと待って!? 雷雨の中でそんな危ない誓い立てないでよ!! こっちまで巻き込まれるんだけど!?」
私は思わず悲鳴を上げて、テントの隅へ避難する。
その距離でも全然安全じゃないからね!?
「私たちが信じても意味ないわ。信じるべきは裁判官よ」
神代は腕時計を軽く叩いた。
すると、空中にホログラムが展開される。
そこに表示されたのは——指名手配の懸賞ポスター。
しかも、その本人が今、目の前にいる。
「……病院側、もう脱走に気づいてるみたいね。懸賞金は10万円」
「……」
一瞬で、空気が静まり返った。
外で暴れていた嵐の音さえ、遠くなったように感じる。
テントの中に、すっと光が差し込んだ。
地平線の向こうで、赤い恒星が再び顔を出している。
……雨が止んでる。
急に、ぴたりと。
「……もういいや」
少女は諦めたように両手を上げて、私を見た。
「捕まえていいよ。前に何度か見かけてるし……あなた、空腹で道端の花の蜜舐めてたでしょ? 怒ったハチに追いかけ回されてたし……相当困ってるでしょ、お金」
私は反射的に顔を真っ赤にして、彼女の口を塞いだ。
「人違いだから!! 変なこと言わないで!!」
「……いや、絶対本人。あのとき深夜だったし、同じボロアパートに住んでた。あなた302号室に入っていったの、ちゃんと見てるし。それも一回じゃない」
「黙れえええええ!!」
「ぷっ……あははははは!! ダメ……無理……っ、ほんとごめん、笑い止まらない……!」
神代が床を転げ回りながら爆笑している。
「……」
場の空気が固まる。
少女は両手を上げたまま目を閉じ、完全に抵抗を諦めた様子。
私も、どうすればいいのか分からずに立ち尽くした。
……そのときだった。
「誰か中毒になってる!! 医者!! 医者はいないのか!?」




