第11話
「本当にありがとう! あの楽譜、ついさっき書き上げたばかりで、まだバックアップも取ってなかったの……もし燃えてたら全部やり直しだった。命の恩人だよ!」
ロック系の女性シンガーが、ぎゅっと私を抱きしめてきた。
「その写真はな……四十年前、わしと妻の結婚写真なんじゃ。妻はもうおらん……あれを見ておらんと、夜も眠れなくてな。本当に、なんと礼を言えばいいのか……」
おじいさんは目尻の涙を拭った。
「気をつけてください! まだ錬金粉が完全に落ちてないかもしれませんから!」
私は慌てて声をかける。
とにかく、全部持ち出せた。
しかもお腹も満たせた!
空腹で倒れるエンドも回避成功!
ちょっとした達成感がある〜〜
……でも、なんだろう。
なんか、すごく大事なことを忘れてる気がする。
「ポチ、私……何か忘れてない?」
[明日、学校では生徒の冒険チーム編成が行われ、ダンジョン実習へ向かいます。配属は金曜日の適性検査の結果に基づいて決定されます]
「やばっ!」
金曜日のあの日、私のスキルは毒反転で隠されてたから……
学校の記録上は、たぶん“無スキル”扱いになってる。
[ご安心ください。締め切り前であれば「冒険者協会公式サイト」から、ご自身で覚醒情報を登録可能です]
「よかった……締め切りっていつ?」
[日曜日、正午12時です]
「今、何時?」
[日曜日、13時10分です]
「……」
「もう締め切り過ぎてるじゃん!!?」
[その通りです。非常に鋭い洞察力です!
現在、正式な登録は不可能ですが、以下のような民間企画のダンジョン体験ツアーに参加することは可能です。
——G177ダンジョン・高齢者向けキノコ採集ツアー(参加費50000円)
——G124ダンジョン・釣り大会(参加費30000円)
——G133……]
「……」
「殺して……ポチ……」
◇
「ぷっ——つまり、それが“修学旅行の日”に、青春の一大イベントをすっぽかして、ここで私とフグ食べてる理由ってわけ?」
テーブルの向かいに座る女剣士さんは、同情したような顔をしながら、口元だけ時々ぴくぴくしている。
……仕方ないよね。
私だって、自分のこの数日の出来事を思い返すと、あまりにもバカバカしくて笑いそうになるし。
「修学旅行だよ!? 初めてダンジョンに入って、初めて危険な魔物を見て、初めて採集して、戦って、壮大な景色を見て……ずっと楽しみにしてたのに……毎日、毎日……!」
「うわあああああああ——!」
私は号泣しながら、フグの切り身を口に放り込む。
やっぱりワサビをつけたほうが美味しい……
いや違う、修学旅行だよ!?
「うわああああああ——!」
「まあ……実際のところ、そのダンジョン実習ってそこまで楽しいものでもないのよ」
「え?」
「目的は野外生存能力の訓練と、ダンジョンの危険性を体験させることだから……」
「食料不足でお腹空くし、足にマメができても歩かされるし、夜はろくに眠れないし、蚊もいるし、魔物の鳴き声もうるさいし……普通に地獄よ」
「……ほんとに?」
「うん〜。今思い返しても、もう二度とやりたくないかな。生徒同士で張り合って、魔物倒して実力証明しようとして、返り討ちにあってボコボコになって、そのまま狂犬病ワクチン打たれて……あちこちで悲鳴と絶叫が飛び交ってるの」
「……」
……それ聞くと、行けなかったの別に不幸じゃない気もしてきた。
私はぐすぐす泣きながら、テーブルに突っ伏す。
「でも……そういう苦労を一緒に乗り越えるっていうのが、大事なんじゃないの……」
「それもそうね」
女剣士さんは、少し懐かしそうに笑った。
「でもね……大事なのは“その空気”であって、必ずしも苦労を共有しないと手に入らないものでもないのよ」
「……?」
「あなた、白桜ヶ丘の生徒でしょ? あそこの修学旅行って、G172ダンジョンの魔物森林の外縁だったはず。ちょうど私もそこに行く予定なの。……一緒に行く?」
「えっ!? い、いいの?」
「どうせ行く予定だったしね。それに、あなたがいれば……もし私が毒で動けなくなっても、運び出してもらえるでしょ?」
「が、頑張ります!」
「じゃあ、決まりね」
女剣士さんはにっこりと微笑んで、手を差し出した。
「神代凛華よ。よろしくね」
「紗和……水瀬紗和です! よろしくお願いします!」
「じゃあ、行こうか?」
「えっ……今から!?」
私は思わず慌てる。
女剣士さんは気楽そうに椅子にもたれた。
「私は急いでないけど……あなたは修学旅行、今すぐ行きたいんじゃない?」
「行きたいけど……でも……フグ、まだ残ってて……」
「……」
「……ご飯のほうが大事」




