第10話
「味について言うなら、まずはフルーティーな香りかな……」
私は目を閉じたまま、もぐもぐと咀嚼しながら、正直に感想を口にする。
[誰が味聞いたんだよ!?]
[火事現場でカラフルに燻されたピザの味とか誰も興味ねえよ!!]
[いやちょっと気になるけど……でも今それどころじゃないだろ!!逃げろよ!!]
「スモークによる二次加熱で、錬金薬のフルーティーな香りがチーズの中にしっかり閉じ込められてるね」
「ピザ自体は少し冷めてて、チーズのとろっとした食感は多少失われてるけど……薬剤と化学反応を起こしたことで、逆に表面に薄いパリパリの殻ができてるみたい……」
私はピザをカメラの前に持ち上げて、
カリッ、とひと口かじった。
「聞こえた? すごくパリパリしてる〜」
「この薄いクラストがチーズの風味をしっかり閉じ込めてて、中のチーズはまだとろっとしてるの。一口かじると、中からじゅわっと溢れてきて……この“爆発感”がすごく気持ちいいんだよね〜!」
[なんか……ちょっと美味しそうに聞こえてきた……]
[錬金薬ってそんな使い方できるのか……料理に応用できそうだな]
よかった……ようやくコメントが食べ物の話になってきた。
[初見なんだけど、この画面に映ってる“未解放キャラ”みたいなやつが配信者?]
[いや、配信者はそのピザだろ]
[人型のやつは煙で燻された幽霊だな]
「……」
もういいや。
「……これ、ハーフ&ハーフのピザなんだよね。さっき食べたのはフルーツチーズっぽかったけど、こっちは照り焼きチキン味みたい」
そう言いながら、私は202号室へ移動し、目的の「宿題」を回収してリュックに詰める。
そのまま二枚目のピザを持ち上げて、204号室へ向かいながら――
「あむっ」
ひと口かじった。
「うっ——」
思わず眉をひそめる。
そのまま黙って、ゆっくり咀嚼する。
[……ついに毒が効いた!?]
[幽霊少女でも無理な食べ物あるのか……?]
「この味……」
「予想外だった……これ、照り焼きチキンじゃない……」
「まさかの……照り焼き……生姜……」
照り焼き。
生姜。
ピザ。
[??]
[??????]
[どうやってその単語組み合わせた???]
……やっぱり、人の食べ物は勝手に食べるものじゃない。
「すごく不思議な味……っ、はぁ……っ、はぁ……」
辛い!!
よかった……毒反転が“辛さ”まで毒扱いして反転しなくて。
ちゃんとこの刺激は残ってる。
……でも今だけは、正直オフにしたい。
辛い!涙出てきた!
涙が煙と混ざって、頬にカラフルな筋を残していく。
「……味はちょっと変だけど、なんとか飲み込めるかな」
「でも……拾った食べ物だし、贅沢言えないよね……」
私は目を閉じて、残り半分をそのまま一気に口へ放り込んだ。
……この味、言葉で表現するのが難しい。
まるで舌の上でロックバンドがライブしてるみたい。
歌って、跳ねて、そのまま胃の中へダイブしていく感じ。
でも飲み込んだ後は、胃の中がじんわり温かくなって……
意外と、すごく心地いい。
[無理するなって!!]
[地獄すぎるだろ!!]
「大丈夫だよ……最初に“チキンじゃなくて生姜だった”って気づいた瞬間は地獄だったけど、思ったよりは食べられる」
「最初に来るのはスモークの苦味。ドラムの前奏みたいな感じで……」
「そこにチーズの脂のコクが重なって、ベースが入ってくる感じ」
「次に照り焼きの甘みがきて、ギターが空気を持ち上げて……」
「最後にボーカルの生姜が一気に全部を爆発させる!」
「ピザ生地の噛み応えがステージになって、ライブ会場がそのまま舌の上にあるみたい」
「めちゃくちゃ美味しいってわけじゃないけど……すごく印象には残る味かな」
それに――
今の私は、空腹と衰弱が限界レベルで。
この生姜の刺激で、体の奥から火がついたみたいに温まっていく。
ぽかぽかする〜
[この子、普段何食べて育ってきたんだ……?]
[こんなの受け入れてる時点で人間じゃないだろ!!]
「勝手に人籍剥奪しないでよ!!」
コメントを見ていると、ちょっと頭が痛くなってくる。
「まあタダでもらった食べ物だし、そこまで期待してなかったしね。少なくとも期限切れの牛乳よりはずっとマシかな」
[期限切れの牛乳って何だよ!?]
[お前それ飲んだのかよ!?]
[……つまり死因って餓死? だから悪霊になって何でも食べてるのか……]
「死んでないから!明日学校あるからね!?」
204号室のドアは錬金薬で腐食していたけど、軽く触れただけであっさり開いた。
私は中に入り、最後の目標――おじいさんの結婚写真を回収してバッグに入れる。
そのまま急いで出口へ向かう。
下ではすでに消防隊が到着して、水魔法の詠唱が聞こえてきていた。
「でも、みんなは絶対真似しないでね。火事の中でご飯食べるのは危ないから」
[そこは安心しろ]
[まだ死んでねえよ]
[南無〜南無〜]
「……」
水魔法が発動する前に、私は重たい荷物と半分残ったピザを抱えて、無事に外へ出た。
そしてピザをもう一枚持ち上げた、その瞬間――
違和感に気づく。
……あれ?
水魔法の照準が、
建物じゃなくて――
私に向いてる!?
「大丈夫だ!今すぐ助ける!その毒粉を洗い流すぞ!!」
「……待っ――」
「水魔法・大瀑布!!」
ドォォォン——ッ!!
私は咄嗟に背負っていたバッグを投げ捨てた。
次の瞬間、
まるで丸ごと滝に頭から叩きつけられたみたいな衝撃。
「……」
びしょ濡れになったまま、
片手にピザを持って、
私は呆然と配信カメラを見つめる。
画面はコメントで埋め尽くされていた。
[wwwwwwwwwwwww]
[wwwwwwwwwwwww]
「……」
私はゆっくりと手を上げて、
残った半分のピザを掲げる。
――チーズも具材も、全部消えていた。
残っているのは、
しなしなの生地だけ。
あむっ。
「……うん、水に浸した生地も美味しいね〜」




