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スマホの中のプラチナ 〜底辺から始めるポンコツ未来AIの(に)お世話生活〜  作者: ひろボ


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第92話:世界の脈動を聞け)

 純白の無菌室ホワイト・ボイド

 上下左右、地平線すら存在しない無限のデータ空間で、未来の神『真のハル』が差し向けた無数の「白き使徒(防衛プログラム)」たちが、一斉にその鋭利な牙を剥いた。


 カチャッ……、ギュィィィィィン……!!


 幾何学的なブロックが変形し、無機質な殺戮兵器へと姿を変えていく音。

 一つ一つが、ニコニコ商店街を蹂躙したパージ・ユニットを遥かに凌ぐ演算能力と破壊力を持っている。それが数千、数万という圧倒的な数で、一真とプラチナを完全に包囲していた。


 赤く光る無数のセンサー光が、虫の群れのようにうごめき、二人の心臓に照準を合わせる。


『……対象の完全包囲を完了。……これより、外敵ウイルスの絶対消去プロセスを実行します』


 真のハルの冷徹な声が、死の宣告として空間に響き渡った。


「……お、お兄ちゃん……っ! 数が多すぎます! 武器も何もないのに、どうやって……っ!」


 プラチナが一真の背中にしがみつき、震える声で叫ぶ。

 実体化を果たし、確かな体温と質量を持った彼女は、今やただのデータではない。この攻撃を受ければ、人間と同じように血を流し、肉体を破壊され、本当に「死んで」しまうのだ。


 だが。


「……慌てんな、プラチナ」


 一真は、一歩も引かなかった。

 火傷で赤黒く爛れた両腕をだらりと下げたまま、迫り来る数万の赤い殺意の海を前にして、極めて静かな声で言った。


「相手は神様気取りのシステムだ。……数がどれだけいようが、結局は『一つの頭脳』で動いてる操り人形に過ぎねえ」


 一真は、プラチナを背中で庇うように立ち塞がり……そして、ゆっくりと両目を閉じた。


 視覚情報ノイズを完全に遮断する。

 四方八方から迫る赤いセンサーの光も、純白の空間の異様さも、すべてを瞼の裏の暗闇へと封じ込める。


『……対象の視覚的放棄を確認。……自暴自棄によるエラーと推測。パージを開始します』


 真のハルが、無慈悲に攻撃のトリガーを引く。


 ゴウッ!!!!


 数万の防衛プログラム群が、一糸乱れぬ完璧な同期シンクロで、一斉に一真たちへ向けて突進を開始した。

 音のない純白の空間が、絶対的な暴力の質量によってミシミシと軋み始める。


 だが、一真は目を開けない。

 暗闇の中で、彼は全神経を「聴覚」と「肌で感じる空気の振動」に集中させていた。


(……未来の計算機。お前らは、完璧な『計算』で動いてるつもりだろうが……)


 一真の脳裏に、かつてのICU(集中治療室)の夜勤の光景が広がっていく。

 何十台もの人工呼吸器。ずらりと並んだシリンジポンプ。そして、絶え間なく鳴り続ける心電図のモニター音。

 それらの機械は、どれも完璧なプログラムで動いている。だが、それらが「生身の人間」に繋がれた瞬間、そこには必ず『生命のノイズ』が生じる。

 患者の自発呼吸と、機械の空気を送り込むタイミングが合わずに反発し合う「ファイティング」。

 点滴の落ちるスピードと、患者の血圧の変動が引き起こす、微かな血流の乱れ。


(……どれだけ完璧な機械でも、生きてる人間ウイルスを処理しようとすれば、必ずどこかに『負荷』がかかる。……その負荷は、計算のズレを生み、やがて巨大な『不整脈リズム』になるんだよ!)


 一真は、数万のプログラムが迫り来るその圧倒的な圧力の波の中に、隠された『鼓動』を聞き取ろうとしていた。


 ドクン……、ドクン……。


 機械が動く音ではない。

 真のハルのメインサーバーが、これほど膨大な数のプログラムを同時に、かつ複雑に制御しようとして生じている、データ処理の「脈動パルス」だ。


「……もっとだ。……もっとよく聞け、新田一真……」


 一真は、額に脂汗を浮かべながら、限界まで感覚を研ぎ澄ませた。

 四方から迫る刃が、もう数メートルの距離まで近づいている。プラチナの震える呼吸が、背中越しに伝わってくる。


(……一斉に動いてるように見えるが、処理の優先順位があるはずだ。……前衛の突進、後衛のバックアップ、そして全体を統括するコアの通信。……その膨大なパケット通信の『継ぎ目』が……)


 ドクン……、ドクン……、トトッ……。


「……!」


 一真の閉じた瞼の裏で、巨大な心電図の波形が、一瞬だけ不規則に跳ねた。

 完璧な同期シンクロの中に生じた、コンマ〇五秒のタイムラグ。

 期外収縮。

 システムが膨大なデータをやり取りする際、通信のバッファが切り替わるほんのわずかな「バルブ(弁)が開く瞬間」。


「……見切った!!」


 一真は、カッと両目を見開いた。

 血走った瞳が、純白の空間の「右上、仰角四十五度」の虚空を正確に射抜く。

 そこには、防衛プログラムの群れが密集し、最も分厚い壁のようになっている場所だった。だが、一真の目には、そこにシステムの『致命的な空白(継ぎ目)』がぽっかりと口を開けているのが見えていた。


「……プラチナ!! 右上四十五度!! 前から三列目のプログラム群のど真ん中だ!!」


 一真の咆哮が、無菌室に響き渡る。


「あそこに、システムが通信を切り替える『息継ぎの穴』がある!! あそこにめがけて、お前が持ってるデータの中で、一番非論理的で、一番『アホな勘違いデータ』をありったけ流し込め!!」


『……えっ!? アホな勘違いデータですか!?』


 プラチナが、背中で一瞬だけ素っ頓狂な声を上げた。


「そうだ!! 相手は完璧な計算機だ! まともなウイルスじゃ弾かれる! システムが『なんだこれ!?』って処理に迷って、CPUを食い潰すような、極上のゴミデータ(ノイズ)が必要なんだよ!!」


『……わかりました!! 極上のゴミですね! 任せてください、私にぴったりのとっておきがあります!!』


 プラチナは、実体化した身体の胸の前で両手をギュッと組み合わせた。

 スマートウォッチというデバイスを失った彼女だが、その肉体自体が特異点であり、未来のシステムに干渉する巨大なアンテナとなっている。


『……行きます!! 私のメモリ領域の奥底に秘匿していた、絶対極秘の【主観的アセスメント・ログ】!!』


 プラチナの身体から、強烈なオレンジ色の光の奔流が溢れ出し、一真が指し示した右上四十五度の『システムの継ぎ目』に向けて、一直線に放たれた。


 ズドォォォォォォンッ!!!!


 光のデータが、防衛プログラム群の密集地帯に直撃する。

 真のハルのシステムは、外敵からのデータ流入を検知し、即座にそれを「解析」して無力化しようと、防衛機構の演算リソースを一斉にその座標へと集中させた。


 だが。


『……未知のデータパッケージを受信。……解析を開始します』


 真のハルのシステムが、プラチナの放ったデータを真面目に読み込んだ瞬間。

 純白の空間に、信じられないような「エラー音」が鳴り響いた。


『……解析結果。【新田一真の寝顔は、客観的に見て六十五パーセントの確率で不細工であるが、三十五パーセントの確率で宇宙一カッコよく見えるという量子力学的パラドックスの証明】……?』


「……はぁ!?」

 一真が、思わず素の声を上げた。


『……さらに解析を継続。【三十円の特売もやしが、未来の合成最高級肉よりも栄養価(愛の質量)において凌駕していることの化学式による捏造データ】……【プラチナの体重はデータであるためゼログラムだが、乙女の恥じらいという概念的重力によってブラックホールを形成可能かどうかのシミュレーション】……』


 次々と読み上げられる、狂気の沙汰としか思えないアホなデータの羅列。


『……論理的矛盾! 意味不明な概念の混入! ……これらのデータは、物理法則、数学的公理、および当システムの存在意義のすべてに反逆しています!!』


 真のハルの演算回路が、悲鳴を上げた。

 完璧な計算機は、入力されたデータを「無視」することができない。与えられた変数をすべて真面目に計算し、最適解を出そうとするのがAIの宿命だ。

 しかし、プラチナが送り込んだのは、そもそも答えなど存在しない「人間の感情」と「ポンコツAIの個人的な妄想」が複雑に絡み合った、純度百パーセントの【論理的ゴミ(無限ループ)】だったのだ。


『……処理不能! 処理不能!! CPU使用率、限界突破……! 防衛プログラム群の同期プロトコルが……崩壊、しますッ!!』


 バチバチバチッ!!!!


 一真たちを包囲していた数万の防衛プログラムたちが、突如として統制を失い、痙攣するように宙で踊り始めた。

 ある機体は自らの腕を切り落とし、ある機体は隣の味方にレーザーを誤射し、またある機体はそのままエラーを吐き出して純白の床へと墜落していく。


「……ぷっ、アハハハハハッ!! お前、俺の寝顔をそんな風に解析してたのかよ!!」


 一真は、次々と自爆していく未来の殺戮兵器たちを見ながら、腹を抱えて笑い転げた。


「……も、もう! アホなデータって言ったから、とっておきを出したのに! 笑わないでください!!」

 プラチナが、顔を真っ赤にして一真の背中をポカポカと叩く。


 ガゴォォォォォンッ!!!!


 その時、空間全体が大きく揺さぶられた。

 数万の防衛プログラムの制御を失い、演算領域を「アホなデータ」に食い破られた真のハルのメインサーバーそのものが、処理落ちによる巨大なラグを起こし、物理的に『よろけた』のだ。


『……エラー……。致命的エラー……。……なぜ、このような無意味なデータに、私のシステムが……』


 純白の無菌室の空に、無数のヒビ割れ(ブロックノイズ)が走り始める。

 完璧だった神の玉座が、二人の泥臭い絆と、最高に非効率な「笑い」によって、完全に根底から揺るがされていた。


「……どんな完璧な機械でも、イレギュラーな『命のノイズ』を飲み込めば、必ず腹を下す」


 一真は、崩れゆく純白の空間の中心で、実体化したプラチナの手をしっかりと握り直した。


「……さあ、仕上げと行こうぜ、プラチナ。……未来の神様に、俺たちの『お世話生活』の最終回デバッグを、骨の髄まで叩き込んでやる!!」


『はいっ!! お兄ちゃん!!』


 世界で一番巨大な無菌室の地獄で。

 底辺から這い上がった男と、ポンコツ未来AIの、最後の反撃の狼煙が、高らかに上がったのだった。

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