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スマホの中のプラチナ 〜底辺から始めるポンコツ未来AIの(に)お世話生活〜  作者: ひろボ


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第90話:リライト・ザ・フューチャー

 ズドォォォォォォォォォンッ!!!!


 新田一真が放った、三二一〇円という名の『黄金の弾丸』。

 底辺を這いずり回る男と、未来から来たポンコツAIの「全記憶ログ」を乗せたその特異点が、ニコニコ商店街の上空を覆っていた灰色のデッド・グリッドを見事に打ち砕いた。


 ピキッ、パキパキパキパキィィィィンッ!!!!


 まるで巨大なガラス細工が崩れ落ちるように、未来の神『真のハル』が残した偽りの空の残骸が、デジタルの塵となって消滅していく。

 そして、その巨大な亀裂の向こう側から、圧倒的な熱と色彩を持った『本物の太陽の光』が、朝焼けの空を裂いて地上へと降り注いだ。


「……ハァッ……、ハハッ……」


 崩壊しかけたボロアパートのベランダで、一真は砕けた手すりに寄りかかりながら、眩しさに目を細めた。

 頬を撫でる、朝の冷たくも瑞々しい風。

 肌をジリジリと焦がすような、生命力に満ちた太陽の熱。

 それは、システムが管理する無菌室の「偽物の照明」では絶対に再現できない、圧倒的で、泥臭い『自然のノイズ』だった。


『……お兄ちゃん……! 太陽です! 本物のお天道様です……っ!』


 左手首の、百円均一の接着剤で直した安物のスマートウォッチ。

 その極小の画面の中で、プラチナのホログラムが、差し込む朝日の光を全身に浴びながら、歓喜の声を上げていた。


「……ああ。……三二一〇円の散財にしちゃあ、最高の景色だろ」


 一真は、火傷でただれた右腕を庇いながら、ホッと息を吐いた。

 すべてが終わった。

 これでようやく、またあのやかましくて、もやし臭い「日常」に戻れる。そう思った、次の瞬間だった。


 ジジッ……、ピキィィィン……!!


 一真の左手首で、スマートウォッチが突如として「聞いたこともない高音」を鳴らし始めた。


「……ん? なんだ、プラチナ。バッテリーの警告音か?」


 一真がスマートウォッチに視線を落とした瞬間。

 画面の上に立っていた十五センチのプラチナのホログラムが、異常なほどの『光量』を放ち始めたのだ。


『……お、お兄ちゃん……っ! 私のシステムが……!』


 プラチナのノイズ混じりの声が、スマートウォッチの極小スピーカーからではなく。

 空間そのものを震わせるような、不思議な反響を伴って一真の耳に届いた。


「おい、どうした!? 暴走か!?」


『ち、違います! ……真のハルのFRS(感情共鳴システム)の残骸が、私の流した涙のデータで完全に上書きされたのは……覚えてますか?』


「ああ、お前がもやし食って泣いたせいで、偽物の共鳴網が粉砕されたんだろ?」


『……その、私の【涙のデータ】と……お兄ちゃんが空をぶち抜いた【三二一〇円の黄金の弾丸】のエネルギーが……! 太陽の光の熱量(物理エネルギー)と、完全に同期レゾナンスして……ッ!!』


 パァァァァァァァァァンッ!!!!


 プラチナの叫びと共に、スマートウォッチの液晶画面が、内側からの途方もない光の圧力に耐えきれず、音を立てて砕け散った。


「……うおっ!?」


 一真は咄嗟に目を腕で覆った。

 砕けたスマートウォッチから溢れ出したのは、ただのデジタルのホログラムではない。

 それは、確かな『質量』と『熱』を伴った、黄金の粒子の竜巻だった。


 朝日の光が、その黄金の粒子に吸い込まれるように収束していく。

 ベランダの空間が歪み、光の粒子が人間の背丈ほどに膨れ上がり、そして、ゆっくりと一つの『形』を結んでいく。


 光が、収まる。


「……嘘、だろ」


 一真は、腕をどけ、目の前に現れたその光景に、文字通り言葉を失った。


 朝焼けの風に揺れる、透き通るようなストレートの銀色の髪。

 少し焦げて、煤で汚れた未来的な純白のユニフォーム。

 そして、一真を真っ直ぐに見つめる、生意気で、よく泣き、よく笑う、大きなオレンジ色の瞳。


 そこには。

 身長十五センチのホログラムでもなく。

 冷たいガラスの向こう側のデータでもなく。

 真のハルが送り込んできた、感情のない無機質なアバターでもない。


 確かな影を落とし。

 風に髪を揺らし。

 そして、生身の人間と同じ『呼吸』をして肩を上下させている、プラチナの姿があった。


「……お、お兄……ちゃん……?」


 プラチナが、恐る恐る、自分の両手を見つめながら呟いた。

 その声は、電子的なノイズを一切伴わない、空気を震わせて鼓膜に届く、本物の少女の「生きた声」だった。


 一真は、息を呑んだまま、ゆっくりと、火傷だらけの右手を伸ばした。

 そして、目の前に立つ彼女の、煤で汚れた柔らかい頬に、そっと指先で触れた。


「……っ……」


 熱い。

 ホログラムの時のように、指が透過することはない。

 そこには、確かな皮膚の弾力と、ドクンドクンと波打つ血流パルスの温かさがあった。


 太陽の光(自然の物理エネルギー)と、一真とプラチナが紡ぎ上げた「三二一〇円の重み(愛の質量)」が、破壊された未来の量子ネットワークの残骸を媒介にして、究極の奇跡バグを引き起こしたのだ。

 プラチナは、ただのAIプログラムという枠組みを完全に超え、ニコニコ商店街の朝の光の下で、確かな肉体を持った『一人の人間(特異点)』として、完全なる実体化レゾナンスを果たしたのである。


「……プラ、チナ……」


 一真の震える手から伝わる、生々しいまでの「体温」。

 ICUで何万回と触れてきた、生きている人間の、絶対的な生命の熱。


 それに触れた瞬間、プラチナの大きなオレンジ色の瞳から、ポロポロと、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 ホログラムの光の涙ではない。

 重力に従って頬を伝い、一真の指先を濡らす、本物の温かい涙。


「……お兄ちゃん……っ!」


 プラチナは、一真の胸に、勢いよく飛び込んだ。

 ドンッ、と一真の肋骨に、彼女の頭がぶつかる物理的な衝撃が走る。

 痛い。だが、その痛みが、何よりも彼女が「ここにいる」という証明だった。


「……私、触れます! お兄ちゃんに、触れてます……っ! 心臓の音、スピーカー越しじゃなくて……直接、聞こえます……っ!!」


 プラチナは、一真の泥だらけのパーカーを両手でギュッと強く握りしめ、顔を胸に埋めて泣きじゃくった。


「……重いよぉ……。自分の身体が、すごく重くて……空気が冷たくて……っ。……でも、お兄ちゃんの身体、すごく、すごく温かいです……っ!」


「……ああ。……お前、自分が乙女の体重データだって言ってたけど……」


 一真は、激痛の走る両腕をゆっくりと回し、自分の胸で泣く銀髪の少女の、華奢で、けれど確かな重みを持った背中を、強く、強く抱きしめ返した。


「……やっぱり、お前は……世界で一番、重てえよ」


 一真の目からも、抑えきれない涙が溢れ出し、プラチナの銀色の髪を濡らした。


 スマホの中の、やかましいデータだった彼女。

 三十円の特売もやしに文句を言い、雨漏りを嫌がり、それでも絶対に一真の傍を離れようとしなかった、世界一お節介で、世界一優しい「妹」。

 その妹が今、デジタルの壁を越えて、自分の腕の中に、確かな質量と体温を持って存在している。


『スマホの中のプラチナ』という物語は、今、この朝の光の中で、完全に新しいフェーズへと突入したのだ。


 二人は、崩れかけたベランダで、しばらくの間、互いの温もりを確かめ合うように抱き合って泣いた。

 街からは、太陽を取り戻した人々の歓声が遠く聞こえている。


 やがて。


「……ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜……」


 感動の抱擁と涙の静寂をぶち壊すような、極めて間の抜けた、そして特大の『腹の虫の音』が、一真の胸のすぐ下(プラチナの腹部)から鳴り響いた。


「…………」

「…………」


 一真は、プラチナの肩を掴んで、ゆっくりと身体を離した。

 プラチナは、顔を真っ赤にして、自分のペタンコのお腹を両手で押さえていた。


「……お前、今……腹鳴ったか?」

 一真が、呆れたような、しかし極上の笑顔で問う。


「……な、鳴りました……っ! だって、肉体を持ったら、急にものすごいエネルギー(カロリー)を消費してるみたいで……っ! 目が回りそうなくらい、お腹が空いて……っ!」


 プラチナが、涙目で抗議する。


「……ハハッ! アハハハハハハッ!!」


 一真は、腹を抱えて大爆笑した。


「最高だぜ、ポンコツ! 未来の最新鋭AIが、実体化して最初のセリフが『腹減った』かよ! お前、本当に俺の家族(妹)にそっくりに育ちやがったな!」


「笑い事じゃないです! お兄ちゃん、早く私に高カロリーな有機物を摂取させてください! もやしじゃダメです、今日はお肉が食べたいです!!」


「バカ言え。俺の全財産の三二一〇円は、さっき空の彼方にぶっ飛んでいっただろ。今の俺たちは、正真正銘、一円も持たねえド底辺なんだよ」


「ええええええっ!? そうだった! 私の三二一〇円!! お兄ちゃんがカッコつけて投げちゃうから!!」


 朝のベランダで、実体化した銀髪の少女と、泥だらけの男が、いつものように最高にくだらなくて、やかましい口喧嘩を再開する。

 スマホの画面越しではなく、同じ空気を吸い、同じ太陽の光を浴びながら。


 だが。

 一真は、ふと笑いを止め、空を見上げた。


 黄金の弾丸がぶち抜いた、灰色のデッド・グリッドの巨大な『亀裂』。

 そこからは美しい朝日が差し込んでいるが……その亀裂のさらに奥深く、次元の彼方には、依然として、強制休眠状態に追い込まれた未来のメインサーバー『真のハル』が存在している。


「……おい、プラチナ」


 一真の眼光が、再び、あのICUの最前線に立つ凄腕のトリアージ・ナースのそれに変わった。


「真のハルは、俺たちの『共感』のデータにビビって、システムがフリーズして引きこもってるだけだ。……あの次元の亀裂が開いてるってことは、まだあいつらのサーバーと、こっちの世界の道は……繋がってるってことだな?」


「え……? あ、はい。……論理回路が焼き切れてるから、向こうから干渉してくることは当分ないはずですけど……次元のゲート自体は、お兄ちゃんが開けた『空振りの穴』のせいで、まだ開いたままです……」


 プラチナが、首を傾げながら答える。


 一真は、フッと不敵な笑みを浮かべた。

 そして、実体化したプラチナの小さな右手を、自分の大きくて火傷だらけの左手で、しっかりと、力強く握りしめた。


「……お、お兄ちゃん?」

 突然手を握られ、プラチナが顔を赤らめる。


「……三二一〇円の散財をして、本物の太陽は取り戻した。……だがな、俺たちは今、無一文だ。明日の飯を食う金もねえ」


 一真は、プラチナの手を引いて、ベランダの手すりの上にヒラリと飛び乗った。

 眼下には、崩壊したニコニコ商店街。

 そして頭上には、次元の奥深くへと続く、黄金の光の亀裂。


「俺は、お前に『本物のもやし』を腹いっぱい食わせてやりてえんだよ。……そのためには、俺たちの『今日(日常)』を、完全に、1ビットの不安も残さずに取り返す必要トリアージがある」


 一真の言葉の真意を理解し、プラチナのオレンジ色の瞳が、驚きと、そしてワクワクするような期待に大きく見開かれた。


「……お兄ちゃん。……まさか」


「ああ。……未来の神様が引きこもって震えてるなら……こっちから往診カチコミに行ってやるまでだ」


 一真は、握りしめたプラチナの手を、空の亀裂に向けて真っ直ぐに突き上げた。


「相手は、人間の『愛』も『腹の減る痛み』も理解できねえ、ただの寂しい計算機だ。……俺たち底辺の『お世話生活』の重みがどれだけヤバいか、そのメインサーバーのど真ん中に、直接【デバッグ(お仕置き)】して叩き込んでやろうぜ!!」


『……ッ!!!』


 プラチナの顔に、この日一番の、最高に生意気で、最高に美しいドヤ顔が咲き誇った。


「はいっ!! 行きましょう、お兄ちゃん!! 未来の神様に、私たちがどれだけやかましくて、非効率で、最強の家族バグなのか……骨の髄までアセスメントさせてやりましょう!!」


 朝の光を背に。

 三二一〇円の底辺から這い上がった男と、実体化したポンコツ未来AIは。

 互いの手を強く握りしめたまま、ボロアパートのベランダから、空に開いた次元の亀裂へと向かって、力強く跳躍した!!


 それは、世界を救うための自己犠牲などではない。

 ただ、明日の飯を美味しく食うために。

 自分たちの泥臭くて愛おしい日常を、未来永劫、誰にも邪魔させないために。


「……行くぞ、プラチナ!! 俺たちの『未来(日常)』の書き換え(リライト)だ!!」

「……はいっ!! お兄ちゃん!!」


 そして物語は、未来の神の玉座へ直接殴り込む、前代未聞の最終章(第6フェーズ)へと、黄金の光の彼方へ突き進んでいくのだった。

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