心外です、ロザリア様。
深夜、別室に呼び出されたサラは、ガタガタと膝を震わせていた。
目の前には、影のように佇むユリウスと、腕を組んで冷ややかな視線を送るリィナがいる。
「さて、サラ。貴女がエミリア様に伝えた『お守り』の話。残念ながら、ロザリア様は針仕事など一切なさいません。指を怪我しては舞踏に差し障りますからね」
ユリウスが静かに歩み寄る。その足音は、死神の足音のように重く響いた。
「つまり、貴女がエミリア様のスパイである証拠です。……泣いて謝る必要はありませんよ。その代わり、今日からは『エミリア様に、私が指定した嘘の情報だけを流す』便利な拡声器になってもらいます」
「もし断るなら」と、リィナが追い打ちをかけるように一束の紙片を突きつけた。
「貴女がエミリア様から受け取っていた賄賂の証拠、全部お父様にお見せするわよ。……このお屋敷、クビになるだけじゃ済まないわね」
サラは顔を覆い、力なく頷くしかなかった。
◇◇◇
嵐のような一日が過ぎ、ロザリアの部屋。
ユリウスはサラに書かせた「エミリアへの偽の報告書」を机に置き、主に深々と一礼した。
「……お見事です、ロザリア様。敵を排除するのではなく、生かして『偽情報の通り道』に変える。貴女がサラにかけた『信頼の罠』は、エミリア様を踊らせる最高の手綱になるでしょう」
「……全部あんたの台本通りじゃない。それより……」
ロザリアは頬を朱に染め、恨めしげにユリウスを睨んだ。
「なんであんな嘘にしたのよ! 『ユリウスにお守りを作っている』なんて……! エミリアの前で否定する時、本当に心臓が止まるかと思ったわ!」
「おや。貴女が顔を真っ赤にして否定する様子が、あまりに真に迫っていたので、エミリア様も疑わなかったのでしょう。」
ユリウスはわざとらしく溜息をついたが、その瞳には愉悦の色が浮かんでいた。
「もう!ユリウスのバカバカバカ!」
「心外ですね。私はいつだって、最善の結果を求めているだけです」
ユリウスは涼しい顔で、熱い紅茶をロザリアの前に置いた。怒り心頭といった様子の主だったが、立ち上るアールグレイの香りに、わずかだけ肩の力が抜ける。
「……ロザリア様。今この場で、震えているサラをお父様の前に突き出せば、エミリア様の信頼は完全に地に落ちるでしょう。権力を用いて使用人を『飼い慣らし』、姉を陥める道具にする――そんな浅ましい本性が公になれば、彼女の淑女としての命運も今日で終わりですよ」
ユリウスの目の奥に、獲物を仕留める直前の鋭い光が宿る。だが、ロザリアは差し出された報告書を指先で押し返した。
「いいえ、今はまだその時じゃないわ」
「ほう? 絶好の機会だと思われますが」
ロザリアは窓の外、エミリアがいるはずの、東離れの建物を静かに見つめた。その瞳には、かつて自分が味わった「絶望」をじっくりと咀嚼するような、深淵な意志が湛えられている。




