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第385話「白霧の王廊、第一門」



 夜明け。

 海からの湿った風が、ジパングの湾口を白くなでる。霧は薄く見えて、触れれば濃い。指先で撫でると、もつれてほどける糸みたいに形を変えた。


「行くぞ」

 セインは短く言って、白霧へ一歩踏み出す。足裏で石畳の冷たさが跳ね返り、呼吸が深くなる。


 背後で旗が三度、低く鳴った。

 黒船と港側の信号だ。赤白の旗が二拍、青の煙が一筋。——回収線は生きている/帰還の窓は確保。

 段取りはエルンが引いた。桃姫が許可を出し、ノブナガの配下が旗を振る。セリスティアが艦上で結界を縫い、眠気の波を押さえ込む。


「みんな、眠りの誘いが来る。胸の奥を冷やして」

 ミリアが言って、息を整える。

 肩口の髪が霧に濡れて、鎖骨に一筋の滴が走った。彼女自身も分かっている。こういう“細い感覚”が崩れたら、一瞬で飲まれる。


「大丈夫。意識を前へ」

 エリシアは鞘に指を添えた。女魔剣士の所作は静かで速い。腰の角度、踵の向き、指の締め。立っているだけで、もう一手分の準備が終わっている。


 白霧の奥に、門があった。

 輪の門。黒い輪が、地面から半分だけ生えている。眠り紋の親玉だ。輪の表に、笑った口の印。裏には、閉じた目の印。


「未来……」

 セインはペンダントに触れ、ほんの数秒だけ先をのぞく。

 視界に、黒い線が二本、走った。足元の石と輪の縁。踏めば“笑い”、避ければ“沈黙”。

「右半歩、次は左。目印は石目——行く!」


 三人は呼吸を合わせ、石目の斜めを踏む。輪の門が低く鳴り、笑いの印が薄くなる。

 そこでミリアが手を広げる。

「世界樹の抑え(サプレッサ)——眠り誘導、弱め!」

 風が温度を変え、頬の内側がひやりとする。誘いの甘さが一段さがった。


 エリシアが前へ出る。

 鞘が鳴る。覇気の呼吸を、小さく一拍。

「——抜く」

 光が閃き、輪の内側に薄い切り目が走る。魔法の層じゃない。**“意地の層”**を割った。

 輪の笑いが、いったん止まる。


 白霧の奥、通路が伸びる。

 床は赤い布みたいに見えるが、踏むと水のようにたわむ。手すりは影。壁は遠い。時計も方角も、当てにならない。


「セイン、脈は?」

「二秒先まで見える。——来る、奥から三、二、今!」


 影が起き上がった。

 人の形。——夢影。今度のは、寝台から抜け出したみたいに静かな顔で、手に黒い輪を持っている。輪は投げ縄みたいにしなり、視線を奪う。


「目を合わすな。視線で縛ってくる」

 セインが言い終える前に、輪が唸った。

 ミリアが空気を蹴る。「反射膜ミラー!」

 透明な皮膜が輪の軌跡を受けて、ぺたり、と返す。

 夢影の胸に輪が戻り、一瞬たじろぐ。


「——今!」

 エリシアが踏み込む。一太刀。

 刃は骨ではなく、**“眠りの糸”**を切った。夢影の形が崩れ、霧に溶ける。


 前進。

 通路の曲がり角で、霧がうずを作った。うずの中心に、黒い小鈴が一つ。

 ミリアが眉を寄せる。「あれ、危ない音がする」

「触れる前に止める」

 セインは未来の二秒を見て、鈴の“鳴る瞬間”の角度を掴んだ。

「エリシア、三分の一拍遅らせて、右斜め上」

「了解」

 鞘走りの一閃。鈴の“舌”だけを断つ。音は生まれない。うずがほどけ、道がまっすぐに伸びた。


 ——一息。

 その一息で、ミリアの胸が大きく上下する。汗が首すじを伝って、鎖骨の窪みに溜まり、ぽたりと落ちた。自分で驚いたように、彼女は小さく舌を出して笑う。

「緊張してる。手、冷たい」

「なら、温めてやる」

 セインは短く答え、指先で彼女の手を握った。温度が移る。ミリアの息が少しだけ整う。

「……ありがと。よし、行ける」


 通路の奥が、広間になった。

 床は白い砂。壁は見えない。天井の代わりに、夜空の星。——けれど風は吹かない。音だけが大きい。

 広間の中央に、黒い樹が一本。背丈は人の二倍。枝に、眠る人形がぶら下がる。顔は笑っている。

「これが、『王廊』の第一門ファースト・ノット……」

 ミリアが呟いた。

 樹の根本に、紋の輪。輪の外側に、三つの台。上に置かれているのは、鈴、鏡、糸車。


「三択か。鳴らすか、映すか、紡ぐか」

 セインは未来へ目を細める。二秒先——三秒先。全部が罠だ。

 鈴を鳴らせば、広間の笑いが増える。鏡を向ければ、こちらが眠る。糸車を回せば、戻れない。


「じゃあ、どうする?」

「どれも“やらない”。合わせる」

 セインはしゃがみ、砂をひとつまみすくって台の上に置いた。鈴には息、鏡には影、糸車には音を足す。

「ミリア、息を細く。エリシア、影を半歩送る。俺は音を切る」


 息が流れ、影が触れ、音が止む。

 三つの台の上で、微かな“別の紋”が浮いた。眠り紋の裏に隠れていた、覚醒の印。

 黒い樹が、わずかに震えた。

「今だ」

 エリシアが一歩。覇気を刃の柄に集め、柄頭で印を叩く。

 ぱん、と乾いた音。樹の枝から、眠り人形が一体、ぽとりと落ちた。人形は砂に触れ、本物の村娘に戻る。

 娘は目を開け、状況が分からず、きょとんとした。

「大丈夫。ここは夢の底。すぐ外へ出す」

 ミリアが膝をつき、掌に世界樹の光を灯す。緑の泡が娘を包み、泡は砂の中に潜って、帰り道へ滑っていった。


「一体ずつ……やるしかないの?」

「いや、加速できる」

 セインは未来の線を探り、解け目を見つける。

「次は三点同時。いけるか?」

「任せて」

「やるわ」

 三人は頷き、二度、息を合わせた。二拍の静寂。

 次の瞬間、三つの覚醒印が一斉に鳴る。樹の枝がばらばらと震え、七体の人形が砂に落ち、次々と人に戻った。

 広間の空気が、わずかに軽くなる。天井の星がひとつ増えた。


 ——そこで、黒い樹が形を変えた。

 枝が腕に、根が足に、幹が胸に。

 夢番ドリーム・ガード

 無表情の木の巨人が、砂を蹴って迫る。肩には笑いの面、腰には眠りの鈴。踏み込み一歩が重い。砂が波を打ち、足首まで沈む。


「来る!」

 セインは未来を切り取る。肩からの圧、腰の捻り、鈴のタイミング。

「右肩——偽。腰! 鈴は三拍目!」

 エリシアが一拍遅らせて斬る。腰椎にあたる樹の節が割れ、巨人の体勢が崩れた。

 ミリアが反詠唱を重ね、鈴の音を三拍ずらす。鳴るはずのところで鳴らない。

 セインはアスタロトの糸で巨人の足首を縛り、半歩だけ拘束。

「——折る!」

 エリシアの二の太刀が、巨人の膝を打ち抜く。

 砂が跳ね、木の巨人が片膝を落とした。空気が一段抜け、星がまたひとつ増える。


 巨人は鈴を腰から引きちぎり、投げた。

 鈴は空で三つに分かれ、三方向から音を重ねる。眠りの和音。

「ミリア!」

「分かってる——世界樹のオルドゥム!」

 彼女は耳元で二本の指を弾いた。音は来る。が、聴こえ方が変わる。

 眠りの音は眠りに弱い。“眠りたい音”にしてしまえば、こちらは眠くならない。

 鈴の和音が自分のほうへうっとり返って、巨人の動きが一瞬ふらつく。


「今!」

 セインは未来視の二秒を限界までねじり、グランディオスの残穢から借りた“最短手順”を模す。

 左足の砂を払って、右膝の外に半歩。黒竜の鱗で胸の面を受け、反発で—

「——一針ひとはり!」

 剣が幹の芯を刺す。剣圧ではない。拍を合わせた一点。

 木の巨人が、内側から音を立てて割れた。

 割れ目から、眠り人形がどさりと落ちる。

 ミリアが走り、泡で一人、二人、三人を包む。泡は砂に潜って消え、広間の“星”がまた増えた。


 呼吸が重くなってくる。

 ミリアの喉が乾いて、浅く、速い。

 エリシアの額に汗が浮き、顎のラインをつつっと伝う。髪の根元がしっとりして、耳の後ろに張り付いた。

 セインは拳を握り直す。

「あと少しだ。第一門を抜けば、王廊の脈に触れる。そこから先は——」


 ——霧が、震えた。

 砂の下から、黒い輪の根がせり上がる。

 抜け目なく“戻れ”と合図する。ここで引き返せ、ここで眠れ、と。

 セインの未来視が、真っ白に弾けた。

 見えない。二秒先が、ノイズで埋まる。


「セイン?」

 ミリアの声が近くなる。

 エリシアが横目でセインの肩を見て、位置を半歩だけ寄せた。

 守るためじゃない。並ぶためだ。


「大丈夫。——前だ」

 セインは言葉で先を作る。見えないなら、作る。

「ミリア、泡の“残り香”で道を。エリシア、覇気を柄に。俺は“鈴の息”を止める」


「任された」

「了解」


 三人は肩を合わせ、最後の三拍を取った。

 一拍目、ミリアの泡が砂に小さな渦を刻む。

 二拍目、エリシアが柄頭で印を叩く。

 三拍目、セインが鈴の息を止める。


 黒い樹が倒れた。

 広間の天井に満ちた星が、ぱん、と音を立てて花のように割れ、光の花弁が舞い落ちる。

 眠り人形——いや、眠らされた人々が、泡となって順番に“外”へ返っていく。

 砂に扉が開いた。

 下へ降りる、白い階段。

 **白霧の王廊・第二層セカンド・ノット**への入り口。


 セインは振り返り、短くうなずく。

「第一門——開いた。戻る道は泡がつないでる。引き返すなら今だが——」


「行くでしょ」

 ミリアが少し笑う。頬は赤い。目はまっすぐ。

「ここで止まったら、助けた人たちの『次』がない」


「私も行く。刃は折れてない」

 エリシアは鞘に指を添え、顎をわずかに上げた。髪が肩に沿って流れ、汗の線が鎖骨を光らせる。

 そのささやかな輝きが、なぜか勇気になる。


 セインは階段の一段目に足を置く。

 指先が冷たい石をつかみ、肺に新しい空気が入る。

「——第二層へ」


 その瞬間、艦上から微かな囁きが届いた。

 風の上澄みだけを掬ったみたいな、やさしい声。

『……我は此処じゃ。帰り路は守る。思い切って行け、わらわのつるぎらよ』

 セリスティアの声だ。

 “我”“〜じゃ”の言い回しが、白霧の底までちゃんと届く。

 エルンの旗が、遠くで一度だけ強くはためいた。合図は簡単——見えている/待っている。


 三人はうなずき、白い階段を下りた。

 霧は厚く、空気は冷たい。けれど心は熱い。

 足音は、三つ。

 同じ速さで、同じ方向へ。

 眠りの王廊、第一門——突破。


 ——次回、「第二層・夢の心臓」。

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