35. 二人
ツチメを小脇に抱えながら炎の明かりに照らされた男の姿を注視する。細かい部分は異なっているが囲炉裏の子の家から逃げ出した男の服装とよく似ている。逃げ出した男は逃亡者は3人と指で語っていた。1人は村の外へ逃亡、1人はタケルに討伐された。ならば残りの1人が奴なのか。ここで思わず目を背ける。男はカマオへ止めを刺そうとしていた。
数十秒の時間が過ぎ家の中から騒がしい声が聞こえてくる。しかし次の瞬間には村人の悲鳴が聞こえてくる。何が起こっているのかわからないが、目を開けたら酷い光景を目にすることになるだろう。2人目の悲鳴が聞こえたあと急に声が聞こえてこなくなる。どうなってしまったか気になるが目を開けるのが怖い。ふと、自分の下から小さなうめき声が聞こえてくる。そうか、口を塞いでいた手がずれて呼吸ができなくなってしまったのかと慌てて片手を放す。ツチメは「どうなっている?」と小声で聞いてくるが、すぐには口がきけす言葉が出てこない。状況を察したのか、さらに小声で「たたかうか?」と自分とは真逆の事を言い出すツチメ。無理だ。逃げるしかない。
ゆっくり音を立てないように後退する。木の根が邪魔だ。足元があやしいので目を開いて確認しようとしたのが失敗だった。強くなる炎と家の前で倒れる3人の村人を横目で捉えてしまった。吐き気を抑えながらもゆっくり後退する。どこに逃げればいいのか判断がつかない。頭の中を真っ白にしていると突然ツチメが強く腕を引く。多分頷いたんだと思う。ツチメはさらに強い力で腕を引き森の奥へと歩き始めた。
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初めて来る所だった。昼に埋葬していた所とも違う森の奥、多分村の下流あたりに合流するであろう小川のほとりを歩いていた。ツチメは無言だった。どれくらいだろうか。10分以上は歩いたと思う。やや開けた場所に出るとツチメは歩みを止めた。
「捨てる所だ」
そんな事を言っていた気がする。廃棄場か何かだろうか。確かにこの場所に着く前から鼻につく匂いがそこら中から漂っていた。一刻も早くこんな場所から離れたかったが、ツチメは適当な木の根元あたりで腰を下ろしてしまう。
「誰も来ない」
確かにわざわざこんな匂いの所に来る人はいないだろう。弱い月明りに照らされた廃棄場の全体を見渡したが本当にゴミのようなものしかない。腹に黒いものを抱えた人々が密会するにはいいだろうが、男女2人でデートするような雰囲気はまったくない。だがあの不気味な男から逃げるため、なんとか気持ちを切り替える必要がある。深呼吸は躊躇われたので、強く鳴り続ける心臓の鼓動に静まれ、静まれと念じる。
ようやく心臓が落ち着き始めたと思った途端、また跳ね上がる事になる。廃棄場所の反対側の木の陰から一人の男が姿を現した。腰を浮かし拳を握り締め戦闘態勢に入るツチメと、とりあえずその辺にあった長めの木の枝を拾い両手で持ち剣道の構えのような姿勢を取る自分。剣道などやった事もない。
男はゆっくり月明りの元に姿を現す。やはりとは思ったが例の逃げ出した男だった。男は自分の姿を見て何か思いついたのか胸の前で手を組み軽く頭を下げる。拱手だ。このポーズをとるのであれば少なくとも敵意はないはず。少し安堵し構えた木の枝を下ろしたのと同じタイミングで拳を抱えたままツチメが走り出そうとする。違う違うと慌ててその場に抑え込む。男を見れば薄く笑っているように見えた。
「子。久しいな」
近くまで近づいた男は優しい声でそう言った。こんな薄暗い所で自分に気付くとは、さぞ夜目が効くのだろう。興奮するツチメを宥めつつ自分も拱手のポーズで男を迎えた。男だけに流れる穏やかな時間。数秒後、また状況を察したツチメは「誰?」との質問。そういえば名前すら知らない。
男は自分たちの状況を知っているようだった。「待て」の一言の後、目を左右に動かし言葉を探しながら、簡単に村人の事を襲った男の話をする。奴はタケルに子を殺された親だった。
「ここ、子、居た」
男の息子はこの廃棄場のような所に捨てられていた。それを見た男は逆上、目の前の男は止めたのだが、息子はこの村で殺されたと話を聞かず復讐に至ったのだそうだ。なので村へ戻ったら自分達も巻き込まれる、だから逃げろと男は言う。
「止めること、できる?」
「できる、ない」
復讐者を止める事は出来ないようだ。肩を落とす。確かに今から村へ戻っても色々と手遅れだろう。やりきれない思いが胸に広がる。
「なぜ、我を逃がす?」
「・・・我も逃げた」
以前逃がしてくれた代わりに自分達を逃がすと男は言う。ツチメは一見困ったような顔をしているが目は怒りに満ちていた。復讐の為とはいえ村の皆は死んだのだ、割り切れるはずもない。ただ、目の前の男にそれを言っても仕方がない。自分は男に再度拱手の構えで礼をし、引きずるようにツチメを連れてその場を後にした。
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廃棄場の傍の小川を渡り森の中へ入る。先は登りとなっていて見通しは悪いが、よく見れば細い獣道がどこかへと続いていた。先ほどの男はおそらくこの道を使って村へ出入りしていたのだろう。廃棄場自体あまり人が立ち寄らない場所ならば、村人に気付かれずに行き来していたとしても不思議ではない。道があるのならば先には何かがあるはずだと信じ、時折顔にかかる枝葉をかき分け先へと進む。
遠くから聞こえてくる夜の鳥の鳴き声に驚きつつもツチメも後を追ってくる。道の先で腹を空かせた野生の獣が出てきたら詰みだなと思いながらも斜面を登る。季節はまだ秋になったばかりだしそれは無いだろうと信じながら斜面を登る。ひょっとしてこの道は山頂まで続いているのかとウンザリし始めた頃、道は急に下り坂になった。割と斜面がきつく、ツチメが何度もコケそうになるのを抱きかかえながら並んで歩いた。ツチメの体はこんなに柔らかかったのかと思いながら。
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山を一つ越え村の前を流れる川の下流付近に辿り着く。ここから村の様子を確認することは出来ないが逆もできない。東の空は徐々に明るくなり朝が近い事を教えてくれた。心も体も疲れた子供2人は木の麓に腰を下ろし休憩を取る。ここまで辿り着く前には動揺していた心に落ち着きは戻っていた。もはや山の村へ帰る事はできないだろう。ようやく得た安住の地を捨てるのかと考えた時、以前トソの子に「片目は不幸を呼ぶのではないか」と言われた事を思い出す。自分は疫病神だったのかもしれないと思うと、逃げ延びた村人達のいる場所へ向かってもいいのだろうかと悩む。日本なら迷信と一笑されるかもしれないがこの時代は違う。目の前にトソの子が現れたら自分に石を投げてくるかもしれない。久しぶりに感じたこの感覚に意識が遠のきそうになる。
ツチメから「カタメ、眠るか」と声をかけられる。よほど酷い顔をしていたのだろうか、心配そうな表情を浮かべている。頷きたいのは山々だがここが安全なのか判断できない。もう少し距離を稼ぐ必要があるのではないか。首を横に振り一休みしたらもっと遠くへ行こうと答える。眉を八の字にしたツチメだったが、仕方がないと納得してくれたのか渇いた笑顔を見せたあと川の方へと視線を戻した。疲れた体を横たえ、空を眺めながらこれからどうしようかと考える。
目的地は2つある。村人達が避難した川向こうの村と川の村。川向こうの村へまでは半日で着くとの事だったがそれは大人の足で歩けばだろう。子供の足だともっとかかるのではないか。山を越えるとも言っていた気がする。それに大まかな場所は聞いたが実際に行った事は無いため、途中で道に迷ってしまうかもしれない。道に迷いながら彷徨い続けるのは自殺行為に思えた。無事に着いた所で石を・・・と、悪い考えはここで切り捨てる。それに引き換え川の村には何度か行っているし道もわかる。目の前の川を下っていくだけだ。ただ、これも子供の足なら1日で着くことができるかどうか怪しい。川を下る乗り物があればとごちるが、ないものは仕方がない。どうすればいいのか。
そんな事を考えているうちにいつしか眠ってしまった。




