34. 崩壊
少しだけ時間を巻き戻す。
船が川の村の河原へと辿り着いた時、普段と違い出迎える村人達の姿がない。何かあったのだろうかと周りを見渡すと、どこか景色に違和感を感じる。疑問を覚えつつもアベのお供達に丁寧に礼をし見送った後、3人は村の中へと歩を進める。やはりおかしい、村人たちの姿が見えない。林を抜け村の中心が見えてきたとき驚愕のあまり歩みを止めてしまう。村の大きな建物を含め幾つかの家が炭になっていた。かろうじて大きな柱や梁の残骸は残っているが、もう人は住めないだろう。
---
手分けして村人たちを探すと、しばらくしてカマオから来いと声をかけられる。村の外れ、あまり人が立ち入らない場所に数人の男が何かを埋めていた。嫌な予感しかしない。男の一人、トオからカマオが話を聞き出す。何日か前、夜に何者かが現れ村に放火、慌てる村人に武器で攻撃を加え、男たちが集まり反撃に打って出ると何者かは山奥へと退散したのだそうだ。この攻撃パターンは聞いた事がある。賊がまだ残っていたのだ。
難を逃れた村人たちの事も気になったが、目の前で埋められた何かの方が気になって仕方がない。恐る恐る土の山を指さし「これは何か?」と尋ねると、トオは激しく顔をしかめウツメとツチオだと言った。目の前が真っ暗になった。しばらく呆然としている間にもトオとカマオが何か話をしていたようだったが、まるで頭に入ってこなかった。ツチメも同じだったようで、その場に立ち尽くしポロポロと涙を浮かべていた。
---
誰もいない村の中央の広場で固まったままのツチメと2人並んで座っていた。多分昼食の時間はとっくに過ぎている。日は西の方へと傾き、あと1~2時間もすれば空は夕暮れで赤く染まるだろう。気付けば何かの作業を終え、疲れた表情のトオ達の姿が見えた。トオは憔悴しているカマオの肩を叩きながらこちらへと歩みを進める。やがて村に残された全員が勢ぞろいするも、子供を除けば5人の男しかいなかった。戦で村の男たちの人数は少なくなっているとはいえ凄く寂しく感じた。
代表してトオが話を進める。村人たちの殆どは川を越えた先の山の向こう、歩けば半日少しかかる距離にある村へと逃げ延びた。1日様子をみてからトオ達が状況を確認するため戻ってくると、ほとんどの家は焼け落ちていたが他はそのままだった。何者かはどこかへと立ち去ったと判断、数名・・・数名?・・・の亡骸を2日かけて埋葬し終えた所に自分達が戻って来た。今日は避難先の村へ戻る時間もないため、難を逃れた森の中にある家に泊まり対策を練りつつ亡くなった村人たちを弔うのだそうだ。
そういえばと言いながらトオ達は食事の準備を始める。よく食べれるものだと思いながら見ていると、食事以外にも篝火の準備も始まる。薪を集めるカマオの表情は重く暗く、とても話しかけられる雰囲気ではなかった。空気の読まないツチメですら自分の隣から一歩も動かず、男たちの作業を呆けた顔で見ている。自分はどんな表情をしているのだろうか。
数日前と言えばタケルが見つけた賊をまとめて退治したと言っていた時期だ。あのタケルが暴れまわったのだ、その場から逃げ延びた者はいないのだろう。ならば村を襲ったのは賊の残党ではなかったのだろうか。ふとムサイおっさんの姿が脳裏を過ったが、あのおっさんがこの村を襲うとは思えなし、襲うとしたらもっと前にやって来ただろう。だとすれば一人思いつく男がいる。囲炉裏の子を襲ったあの男だ。
空が茜色に染まった頃、葬儀と食事の準備が整う。結局子供2人が手伝う事はなく、トオに声をかけられ手招きをされるがまま男たちの輪の中へと混ざった。空の色と周囲の篝火に照らされ周囲は赤い光に包まれている。男たちの表情は険しく無言で酒を飲む姿は復讐に燃えているようにも見えたが、逆に近くに座るカマオの顔は真っ青だった。なんとか食欲はあるのか、カマオは目の前の器によそわれた雑炊のような食べ物を少しずつ口にする。自分はというと、ひどく悲しんでいるが、カマオ達と比べて村で共に過ごした時間が少ないせいなのか食が進んでしまう。ふと視線に気付き隣を見るとツチメも自分と同じペースで食べ進めている。いや、違う、平気な顔などしていない、無理やり食べているだけだ。そんな姿を見たトオが「子らは平気なのだな」と言うと「もう子ではない」とツチメは言い返す。そんな所が子供だと思うのだが、トオは驚いたようで「そうか」と小さくつぶやいた。
---
夜。
自分は冷めていると思っていたのは気のせいだったようで、頭の中で大きな石のようなものが蠢いているような感じがしてどうにも眠れない。森の中の家、トソ達が住んでいた家の奥で右に左に寝返りを打つ。家の入口の外には交代で見張りが立つ事になり今はカマオの番だ。辛い事があった後なので休んで欲しい所だが、この村で埋葬をしていた男たちも体と心に疲れが溜まっているのでそうも言ってられない。
暗い部屋の中、自分の隣で横になっているツチメが何かゴソゴソ動き出し床を叩き出す。やがてその手は自分へと届き、体の上をポンポンと叩かれたと思った途端小声で「カタメ起きているか」と話掛けられる。手を握り返す事で返事とすると、その手を引かれ入り口へと誘れる。出入口の手前まで移動し少し外の明かりが差し込んだ所でツチメを見ればどこか恥ずかしそうにしていた。外ではカマオが出入口のすぐ横で背を伸ばして座っているが、篝火に照らされた横顔を覗き見ると目は閉じていた。また器用に寝るものだと感心していると、また恥ずかしそうな顔をしながら小声で「こっちへ来る」とツチメが森の中へと手を引く。夜這いかと一瞬思ったがそんな事はなく、憚りへついて来いとの命令だった。
寝た大人たちの目を盗んで子供たちだけで暗がりに向かうとは何かのフラグ立ったのではないかと思いつつ、茂みの中から数秒置きに「カタメ居るか?」と尋ねてくるツチメに「いる」と返事をする。以前にもこんな事があったようなと記憶を辿る。あれは川の村だったか。確か誘拐犯が出たとカマオに脅かされ、ツチメはかなり怯えていた。先ほどツチメは大人になったとトオに返していたが、こんなところはまったく変わっていない。そもそもこの時代の大人の基準はどこにあるのだろうか。武士なら15歳前後で元服とか言って大人の仲間入りを果たすことになるが、年齢を数える事すら怪しいこの時代の区切りとは何なのか。ツチメは子がどうのと言っていたので、女性にとってはそれが区切りとなるのだろう。では男はどうなのか、と、ここでツチオの姿が頭に浮かび悲しい気持ちになる。
気付けばツチメの声が聞こえない。フラグがどうのと考えたばかりなので気が逸る。まさかこの村にも誘拐犯が出たのではないかと慌ててツチメの所に駆け出すと、茂みの中からひょっこりと顔を出す能天気な彼女の姿。近くまで駆け寄って来た自分にはじめ驚くも「何しに来た」と恥ずかしそうに問い詰めるツチメ。あれ、おかしい。ここは怒鳴られるところではなかったか。両手を振りちょっと心配しただけだと答えると「そうか」と小さくつぶやく。なんだこれ、何が起こっているんだろう。背後から届く篝火の明かりが一瞬強く光ったように感じた。
---
光が強くなったのは気のせいではなかった。ツチメと見つめ合って数秒後かなりの違和感を感じ振り向くと、木々の間から届く篝火の光量が明らかに増えていた。慌てて2人で家へと走るも、その手前で急ブレーキをかける。家が燃えている。まだ全体に火が回ったわけではないが入り口付近からはすでに大きな炎が立ち込めている。篝火の火種をそのままぶちまけたようで、先ほどまで小さな火が灯っていた場所には何もない。さらにひどい光景を目にし慌てて背後のツチメの目に手を当て視界を奪う。
心臓が高鳴る。
頭が回らない。
口を開こうとしたツチメの口を反対の手で塞ぐ。不満気な表情をしているだろうが、今はそんなことに構っていられない。家の入口には不自然に横たわったカマオの姿。その前には何者か立っており、手にはが斧のようなものを持っている。嫌な笑いを浮かべているその男は、囲炉裏の子の家から逃げ出した男ではなかった。




