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36. 裏

頬を軽く叩かれぼんやりと意識が戻る。やけに外が明るいなと思いつつ目を開けると、目の前にツチメの顔のアップが飛び込ん来る。距離にして30cm。近い近い。大慌てで飛び起きると今度は背後から肩を叩かれ、再度驚き変な声が出そうになる。ゆっくり振り向いた先には苦笑いをする囲炉裏の子の姿。無事だったか。


囲炉裏の子は人差し指を口に当てながら、力強い足取りで10歩後退し手招きをする。ちらり横目でツチメを見れば、幸せそうに眠っており起きる気配もなかった。ツチメを指さし手首を上下に動かしながら囲炉裏の子の様子を見ると、右手を左右に振りながら左手で手招きをする。ここに置いてついて来いという意味だろう。少し心配したが、既に太陽は高く昇っており野生の獣たちが出没する時間ではないと判断し、黙って囲炉裏の子の指示に従った。


囲炉裏の子は妙に男らしい歩調で川辺へと歩く。いつもなら周りの様子を伺いながらコソコソ歩いていたが、目の前の女の子はどこか堂々とした雰囲気がある。川の傍は岩だらけで水面近くまでかなりの落差があるのだが、囲炉裏の子は通り慣れているのか跳ねるように下っていく。自分は必死に追いかけるので精一杯だ。ようやく水面近くまで辿り着いた時には、岩の上に座った囲炉裏の子は退屈そうに自分を眺めていた。


「久しぶりだな、ええと、カタメか。何十年振りか」


そんな変な事を口にする女の子。確かに久しぶりではあるが、何十年振りとは大げさな。いやまて、しゃべったぞ。となるとこいつは。


「役目は終えたようだな。何よりだ」

「ちょっと待った」

「なんだ、何か困った事でもあったか?」


こいつは囲炉裏の子の姿をした何かなのは間違いないだろう。間違いはないが、それ以前に物凄い違和感があり、そちらに気を取られる。


「久しぶりだけど、口調が変わってない?」


ここだ。妙に口調が男っぽい。


「口調か。あぁ、そうかもしれないな。つい最近まで男だったからな」


なんですと?


「あー、この娘が男になった訳ではないぞ。俺の意識がそうだったんだ」


朗らかに笑いながら良くわからない事を口にする・・・男?


「あなたはその子に憑依しているという事?」

「近いな。この子の意識は眠ったままだ。器としてこの体を使わせてもらっている」


以前感じた直感は正しかった。


「以前会った時とは別人?」

「どうかな。存在としては1つだが、器により性格が変わる事はある。以前お前に会った時は女としての意識が大きかったのかもしれない」


良くは解らない。だが以前会ったアレと同じであれば、この男のような口調の意識はそのうち居なくなり囲炉裏の子の意識が戻るのだろう。


「以前、村人に声をかけた時は大変だった」


何かを思い出すかのように遠くを眺めながら言葉を続ける。


「この子が変になったと思われたらしく、村人から口封じの呪いを受けた」


そうか、突然別人のような口調で話し始めたらおかしくなったと思われても仕方がない。村人たちは話をするなと厳命したのだろう。しかし、呪いとは。


「呪ったとしても、本当に話が出来なくなるものか?」

「なる。村人に取り囲まれて3日3晩話をするなと念じられれば、呪いじゃなくても心に傷が残るだろう。それと、言の葉の力というのは、強い」


コトノハ?


「お前も動くな、と言われて体を動かせなくなった事があるだろう?」


ある。思い出すのはムサイおっさんの言葉。あの時は背筋が凍るような思いをした。確かに強い言葉をかけられ身動きが取れなくなった。


「そんな事よりお前に教えておきたい事がある」


突然真剣な顔をする・・・アレは、居住まいを正し自分と向き合う。


「村の事だ」

「村が、どうなったのか知っているのか?」

「村がああなったのは、お前のせいだ」


意味が分からない。村を襲ったのはあの復讐者だ。


「それはどういう意味で?」

「この娘の所にいた男の事をタケルに伝えなかっただろう」


手から変な汗が出る。確かに伝えなかったが、そんな事で村が襲われる事になるとは思えない。


「あの男は逃げた後、北へと戻ろうとしていた仲間と合流する。そこで仲間の息子の話をした」


理解した。あの復讐者が村へ戻る切っ掛けを作ったのは自分だった。逃げた男の事をタケルに伝え、討伐・・・いや、捕まえて北の村にでも送り届ければ村はあんな事にならなかったと言うのだろうか。


「・・・話は分かった。だけど、自分のひとりのせいなのか?」

「タケルを止められたのはお前だけだ」


そんなの無理だ。あの猪を止める事なんてできなかった。


男の表情が少し崩れやや穏やかな顔になる。


「まあいい、それを責めるつもりはない。そもそもタケルとアベを会せるのがお前の役目だったからな。あの事件が無ければタケルは会わずに帰っていたかもしれない」


言いたい事だけ言って何がしたいのか。まて、役目?


「役目とは何?」

「歴史の必然、とでも言っておこうか」

「必然なら自分とは関係ないのでは?」

「そうかもしれない。だが、本来ならお前の意識はここになかった。お前が関わったため変わった事も起ったのではないか?」


確かにタケルとアベは自分に興味を持った。そのせいで歴史が変わったという事か。かといって仮定の話をされても想像ができない。混乱する。


目の前の男のような口調のモノは肩の力を抜き楽な態勢になる。


「まああれだ。お前が居なければタケルは無理をしてでも帰っただろうな」


そうかもしれない。かもしれないが、納得はできない。


「ならば、なぜ自分の・・・意識はここにある?」

「呼ばれたからだろう。ああ、知らないか。ツチオの母親はお前の妻だった女の意識が降りていた」

「・・・妻?」


妻とは誰だ。思い出せない。


「病にかかってからは、この地での生活に絶望していてたな。戯言のようにお前の名前を呼んでいたぞ」


夢の中の誰かが自分との(えにし)がある女が居た、そんな事を言っていた。以前アレも自分をカタメ以外の名で呼んでいた。


「その女に村の皆も懐いていたが、特に親しかったのはツチメだった」

「ツチメ?」


突然ツチメの名前が出て驚く。


「ツチオの母親はツチメに『見知らぬ男がこの地に現れるかもしれない。その者はこの村の(さだめ)・・・いや運命を変えるかもしれない』と言っていた。それはお前の事だろう?」


運命を変えると言われても受け止めきれない。ここでふと思い出す。始めの頃、ツチメが自分の事を監視しているかのように見つめていた事を。いや、そんな事よりも。


「なぜ自分と・・・妻がこの時代に居る?」

「お前を呼んだのはお前の妻だが、お前の妻を呼んだのは他の(えにし)に結ばれた者だ。そこまではわからない」

「なぜそこだけわからないんだ」

「俺の意識はお前の一族を見るモノだからだ」


なんだそれ。妻なら一族の一員じゃないのか。しかも一族って。


「背後霊か何かなのか?」

「ほう。ある意味正解かもしれない」

「じゃぁ、ここに降りる前の・・・妻は死んだのか?」

「死んでいない。この時代の器に意識が降りただけだ」


もうわからない。つまり。


「どういう事か」

「んー、説明が難しい。そうだな、TV番組みたいなものか」


テレビ?


「TVのチャンネルを回して、面白そうな番組を見つけたらそのまま見るだろう?」

「回すって」

「回すと言わないのか。まあいい。面白ければ見続けてつまらない思えばチャンネルを・・・変える。大雑把に言えばそんな所か」

「あなたもそうなのか?」

「俺はお前とは違う。例えるならビデオテープで、早回しや巻き戻しをしているようなものだ」


ビデオテープとか、いまいち表現が古臭い。


「いや、ちょっと何を言っているのか分からない」

「わからなくていい。そういうものだと思っておけ」


男口調のモノの表情が満面の笑顔に変わる。


「そうそうツチメだが、なかなか美人に育ったじゃないか。もう手を出したのか?」


吹き出しそうになる。


「そんな事はしていない」

「そうか、それは良かった。お前との(えにし)をこれ以上増やすのはマズイからな」


増やす。ツチメのセリフを思い出し、少し照れ臭くなる。


「ここでのお前の役目は終わった事だしな」


照れ臭い気持ちが一気に消し飛ぶ。自分の役目がお終いで、(えにし)を増やすのがマズイとは。慌ててツチメの居る方を見るも、ここからでは確認する事ができない。


「この娘とお前と会ったあの男は知り合いでな。あー、悪いとは思うが、あの男からの伝言を伝える」


心臓の鼓動が早くなる。ツチメの元へと駆けだしたい気持ちはあるが、何を言い出すのかと思うと足が動かない。


「逃がしたのはお前だけだそうだ」


跳ねるように飛び出すも、岩でできた斜面を這い上るのに時間がかかる。ようやく平らな地面に辿り着きツチメが居た所まで走るが全力疾走ができない。この体はまだガタが来ているのかそれとも足が震えているのか。拳で足を叩きながら、とにかく前へと進む。


先程までツチメと一緒にいた場所には、誰もいなかった。


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