運命の日①
とうとう演説当日を迎えた。
アルフォードは、緊張のあまり、一睡もできなかった。
原稿もこれでもかというくらい、何度も何度も声に出し練習したし、立ち振る舞いもイリヤたちに見てもらった。
自分にできる準備はすべてやった……
あとは、ちゃんと皆の前に出て行うのみ……
本番の自分の姿を想像すると、始まってもいないのに、手に汗がにじみ気持ち悪くなる。
(本当に、皆の前に出てちゃんとやれるだろうか?)
鏡に映る自分の姿を見つめる。
こんなに緊張するのは初めてだ。
そして、五年ぶりに民衆の前に立つことになる。
「殿下、お目覚めになられてますか?」
ノックと共に、イリヤが扉外から声をかけてきた。
「ああ。起きてる」
「昨夜は眠れま……眠れるはずありませんよね……」
イリヤは軽食と共に部屋に入っていきて、アルフォードの顔を見るなり言葉を詰まらせた。
目の下には大きいくまが出来ている。
誰が見ても、体調は良くなさそうに見えた。
「殿下……大丈夫ですか……? 今、医者を呼びましょうか?」
イリヤはかなり心配になった。
こんなげっそりしている彼を見るのは初めて。
アルフォードは、医者を呼ぼうとする彼を制し、準備されたお茶へ手を伸ばした。
「大丈夫じゃないが、大丈夫だ。体調が悪いなんて言っていられないだろう。何か状況に変わりはないか?」
「はい。特に城外に怪しいものはいないようです」
カップを机に置き、一呼吸おいて、一番気になることをイリヤに尋ねる。
「リナは……どうだ? 目を覚ましたか?」
真剣に見つめてくる王子に、イリヤは本当のことを述べていいか戸惑う。
演説まであと数時間。
彼には『自信』が必要だ。
「リナ様は、峠は越えたようですよ。だから、殿下は集中してください」
青い澄んだ瞳はイリヤをじっと見つめる。
そして、彼から視線をそらして、「そうか……よかった」と小さな声を漏らした。
何がたとえ起きても、これだけはやり遂げないといけない。
迷っている場合ではない。
アルフォードは、歯を食いしばり原稿を握りしめた。
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昨日の作戦のスケジュール通り、警備隊や、設営も着々と進められていた。
「いいか、お前たち、殿下の寛大な御心のおかげで、牢獄から解放されたのだ。そのことを忘れるでないぞ! そして、必ず殿下の演説を聞きに来るように!」
騎士団隊長のジャックが、解放した民衆たちに叫ぶ。
民衆たちは、久しぶりに浴びる太陽に手を伸ばし伸びをしていた。
緊張感もなく、あるのは解放感だけ。
「おい! お前たち聞いているのか!?」
「聞いてるよ。演説を聞きにこりゃいいんだろう? だいたい、今更、皆の前に出て、何を話すというんだ? 話をしたって俺らは簡単に、あんたらのことを許すつもりはない!」
そうだ! と民衆が声を張り上げ、ジャックらを睨みつける。
彼らが危害を加えないよう、副隊長のカールや他の兵士が急いで、民衆を制した。
「それは、話を聞いてから決めてくれ! とにかく、皆呼んでくるのがお前たちの使命だから頼むぞ!」
「もし、演説に来なかったらどうするんだよ?」
「…………」
質問にジャックは言葉を失った。
それは、完全に盲点だ。
確かに、演説を民衆がボイコットする可能性について誰も話していない。
ボイコットこそ、彼らのもっとも有力な作戦ではないか?
「来ないなら私が民衆のもとに行く!」
ジャックがすぐさま振り向くと、車椅子姿のアルフォードがいた。
「殿下?!」
「私には、ちゃんと国民に伝えないといけないことがある。だから、頼む。今日正午、この城門前の広場へ来てほしい」
深々と民衆に頭を下げるアルフォード。
その姿を皆はじっと見つめた。
今までジャックに食ってかかっていた者も、何も暴言を吐くことなくただ、王子を見つめている。
リーダー格の男が、フンと鼻を鳴らし、
「おい、みんな、行くぞ!」
そう言って、捕えられていた民衆たちを引き連れ、王宮から去ってった。
運命の時は着々と近づいている。




