いざ、契約へ
里奈は目を閉じ、何度も何度も深く深呼吸した。
そして、頭の中で今までのことを振り返る。
「ねぇ~、決心できた~? あれからもう一時間以上は経っていると思うけど?」
「ちょっと静かにしてよ! だいたい、どうして一時間は経ってるってわかるの? 時計なんか、ないじゃない」
「もちろん、感だよ~。はぁ~もう、この真っ白な空間飽きたんだけど~」
「それはこっちのセリフよ!」
あれから里奈は、どうにかしてこの空間から出られないか考えた。
そんなに階段を上がっていないのに、下がっても下がっても元いた場所には戻れない。
階段を何度も上がったり下りたりしてみるが、扉らしきものは出てこないし、いつのまにか地面すらも存在しなくなっていた。
頑張って階段を駆け上がっても、ずっと階段が続いているだけで、出口は見えてこない。
「なんなのよ……この空間は……」
「だから、ここはミストルティンの中だって~。暗闇の時はリナの心の中だったんだけど、今はもうミストルティンの中に吸収されちゃったんだよ」
「はぁ? じゃあ何? もう契約するしかないっていうの?!」
「さっきから、そう言ってるじゃないか~。出るためには契約だって~」
里奈は肩を落とし、首を下に曲げた。
全身から力が抜けていく。
何をしたって、もやは無駄。
体力だけが奪われていくだけ。
(もう腹をくくるしかないのか……)
そして里奈は姿勢をもどし、魔獣に向かって、
「契約するから……やり方教えてよ」
と、けだるそうな口調で言った。
そんなやる気のない口調はスルーし、魔獣は「やっと決めてくれた~!」と尻尾を振り、里奈の足元でゴロゴロと喉を鳴らす。
そして、里奈と目線が近くなるところまで階段を上り、
「じゃあ、姿勢を正して立ち、ミストルティンを右手の手のひらに乗せて、今からボクが言うことを暗記してね」
と、真面目な口調で里奈に言った。
「げっ! 暗記~!?」
「そんなに長くないから! さあ、早く覚えて!」
しばらく、リナは魔獣に言われた言葉を何度も何度も一人でぶつぶつと繰り返す。
契約は一度きり。
少しでも間違えたりしたら、品格がないとみなされ、契約はできないと魔獣は言うが、本当かどうか疑わしかった。
(はぁ……早く終わらせて、帰りたい……)
あまりにも、ここに長居し過ぎて、アルフォードやリチェがいる世界が、まともに見えてくる。
里奈は心に決め、魔獣が指示した通りに、魔石を右手の手のひらに乗せ、腕を伸ばした。
「我が名はリナ・ローゼン。そなたと契約を望む者なり。今こそ、我と古の契約を交わし、そなたの真の姿を解き放て! 『release』!」
より大きな声で、里奈が空間いっぱい響き渡るよう叫んだ瞬間、手のひらに乗せていたミストルティンがものすごい勢いで膨張し、眩い光を放つ実態のないものに変わった。
それは、炎のようでも、水のようなものでもない、今まで見たことのない物体だ。
「まぶしい……」
「リナ! 早く、その光を掴むんだ!!」
必死に叫ぶ魔獣。
しかし、あまりの眩しさに目を開けていられない。
里奈もまた魔獣に向かって叫ぶ。
「掴めっていったって、光をどうつかめばいいの!?」
「それは、リナの心によって形が変わるから! 光が消えないうちに早く!!」
「そんな無茶な!!」
里奈は、懸命にその光に向かって手を伸ばす。
しかし、実態がないものをどう掴めばいいか分からない。
手は空を掴むだけだ。
そうこうしているうちに、だんだん光が弱くなってきた。
実体のない光を捕えようと里奈は目をしかめながら、もう一度両手を伸ばした。
『ソナタ……ナゼ、ワタシト、ケイヤクシタイ?』
突然、聞いたことがない声が頭に直接響いてきた。
そして、初めて魔法を使って火を消した時のことが脳内に蘇る。
あの時は、必死で強く願った。
アルフォードたちを、ただ、助けたくて。
ただそれだけだった。
自分を信じて、魔法が助けてくれると信じて、ひたすら強く願った。
今回だって、それは同じ――――
「私には、みんなを助けられる力が必要なの! 助けたい人たちが沢山いるの! だから、お願い、ミストルティン、私に力を貸して! ローゼンの血よ、どうか私を魔法使いにして!」
次の瞬間、実態のなかった光が、里奈の目の前で炎のような物体に変化し始める。
そして、球体から、縦長の物体へと変化した。
「リナ! もう一回解除の言葉を叫ぶんだ!」
魔獣の声に後押しされながら、リナは再び息を吸い込み――――
「release!」
その言葉に間髪入れずに、どこからともなく現れた強風が里奈の周りに吹き荒れる。
思わず目をつむりそうになったが、なんとか片目だけ開けつつ、目の前の縦長の物体をしっかり掴んだ。
それは、ひんやりと冷たく、硬い。
「ん?」
風が急に収まったので、両目を開け、目の前のその物体を確認すると――
しっかりと研磨された刃に、綺麗な装飾がされた柄、その真ん中には青い宝石が埋まっている。
「剣……?」
見た目は重そうだが、意外と軽い、竹刀よりも短い剣だった。
里奈は掲げて、まじまじと剣を見つめる。
「やったね! リナ! 契約成功だ!」
「え? 本当に?」
「うん。これが、本当のミストルティンの姿だ。ミストルティンは魔石と思いきや、実は聖剣なのさ」
「それを早くいってよ。掴むの大変だったんだから!」
里奈は頬を膨らませて、魔獣を睨みつけた。
「おめでとう。これで、僕の使命は終わったよ。リナともここでお別れだね」
「え? まだ、ここから出れてないんですけど……」
「ミストルティンを掲げて強く願えば、ここから出られる。まぁ、ここはミストルティンの中だから、契約後はこの空間はなくなっちゃうんだけど」
「あなたはどうなるの?」
里奈は、何気なく魔獣に向かって言う。
魔獣はリナを見つめて、
「消えるだけさ」
と淡々と落ち着いた口調で言ったのだった。




