魔獣と契約③
「きみに何を求めているかだって?」
魔獣の声が何もない白い空間に響き渡る。
(絶対、この猫型魔獣も何か腹の内で考えていることがある。じゃなきゃ、今更私を助けようなんて思わないでしょ……)
階段で寝そべって、くつろいでいる魔獣を里奈はじっと見つめた。
一方の魔獣はというと、余裕な表情で前足を舐めている。
その姿は猫そのもの……
「リナは意外と賢いよね。もっとおバカさんだと思ってたのに」
「失礼ね。生きている年数はまだ浅いけど、小さいころから山あり谷ありの人生を送ってきたから、こういうことには敏感なの」
甘い話には裏がある――
この言葉を忘れていたが為に、里奈はこれまで色々と痛い思いをしてきていた。
そう自分に言い聞かせてきたおかげで、純粋な子どもではなくなってしまったのだ。
魔獣との話が長くなりそうなので、里奈は階段に腰かけることにして、ふうと息を吐きながら、しゃがみこんだ。
里奈のそばに自然と魔獣も座る。
「さっきも言ったでしょ? ボクの存在意義は『ミストルティンの主を見つけること』だって」
「だから、私にこの魔石の主になってほしいのは分かった。でも、それだけじゃない。ど-せ、ただ魔石を首からかけてろってことではないのは、お見通しなんだから。だからここで、はっきりさせてほしいんだけど」
尻尾をフリフリさせながら余裕をこいている魔獣。
かわいい顔をしながら恐ろしいことを、自分に言いつけてきそうだ。
里奈はちょっと横にずれ、じろっと目線を送り、警戒してみる。
「やっぱり、リナはその辺の人たちとは違うね。今まででそんな強気な態度で、面と向かって言われたのは初めてだよ。やっぱりおもしろい」
「そりゃどうも……。で?」
話をそらされたくない里奈は、話がそれる前に本題にすぐ戻した。
もちろん、魔獣の発言にツッコみたくても我慢する。
こうしている間も、きっと時間は過ぎているのだ。
すると、里奈の勢いに諦めがついたのか、魔獣は素直に本題に入った。
「正解だよ。魔石を持ち歩いてもらうのが目的ではないし、きみを国家魔法使いにすることもボクの仕事ではない。ボクは、リナに『ミストルティン』と契約してもらいたいんだ。そうすれば、ボクの任務は完了する」
「あの……よくわからないんですけど。さっきから、その『ミストルティン』ってのは何? 魔石のことではなくて?」
里奈は、腕を組み右に首を傾ける。
魔法とか、もともと興味がなかったので、なかなか話が頭の中で繋がっていかない。
本当にこの魔石は、やっかいである。
「まあそうなんだけど……この石になっている状態は、ミストルティンの仮の姿。本来の姿はもっと別なんだ。その本来の姿に戻すには契約をして、正式にミストルティンの主にならないといけない」
「ふ~ん。主になると私にも何かメリットがあるわけ?」
「あるよ? こないだ使った召還魔法とか高度な魔法が、リナの体に負荷をかけずに使える。それに、どんな願いも『一つ』叶えてもらえる」
「どんな願いも!?」
里奈は目を瞬かせて叫んだ。
さっきまで厄介だと思っていた石が、まるでアラジンに出てくるランプのようなアイテムに感じる。
『どんな願いも叶えられる』というのは魅力的だ。
でも、里奈ははっとした。
『甘い話には裏がある』
さっき心で唱えたばかりなのに、つい乗ってしまっている。
「ちょっと待って! それにも何か裏があるでしょ!」
「ピンポーン! さすがリナ。頭の回転はや~い」
「今度はなに? また変な世界に飛ばされちゃうとか?」
「それは……」
(なに……何なの……?!)
里奈はゴクリと唾を飲み込む。
魔獣のエメラルドグリーンの瞳が鋭くなった。
(絶対なにか無理難題を突きつけてくる!)
一瞬、声が響いていたこの空間に静寂が訪れる。
そして、その静寂を破るように、ゆっくり魔獣が条件を提示した。
「契約者のもっとも『自分にとっての大切なもの』を差し出すこと……それが『契約の対価』」
「大切なもの?」
「そう。例えば、大切にしている思い出の品とか、記憶とか、大切な人との関係とか……」
「そんなの無理! 思い出の品なんてここに持ってきてないし、記憶は絶対いや! 他の人あたってみて!」
そういいながら、里奈は逃げるように、階段を降りようとする。
その後ろ姿を追っかけるように、猫型魔獣は必死で止めた。
「でも、ここから出たいんだよね? あの王子の元へ早くいきたいんだよね?」
「そうだけど、そんな条件のめないよ!」
「…………じゃあ、どうするんだい? ずっとこの空間にいるつもり?」
「なんとか出口を見つけてみせるわよ!」
「なんでさっきから、記憶記憶って躍起になってるわけ?」
里奈は降りる足を止め、振り向く。
また、どこからか風が巻き起こった。
「家族を亡くした私にとって、記憶は一番大切なものなの。記憶さえあれば、たとえ一緒にいれなくても、一緒だって感じられるでしょ。私はおじいちゃんに引き取られるまでの記憶がないから、記憶を失うのが怖いの……」
何もない空間に、里奈の声が響きわたった。




