演説まで②
「イリヤ様? どうなさったのですか? そんなことをあなたが仰るなんて!」
アンジェリカが、誰よりも先に口を開いた。
アルフォードは、イリヤをじっと見つめるだけ。
「殿下がそんな弱気では、誰も、あなたについていこうなんて思いません。状況は、圧倒的に我々に不利です。エミリア様が何か仕掛けてくる可能性だってある中、殿下の気持ちが揺らいでいると、我々だってあなたについていくことはできません。リチェーヌが、リナ様に仰ったことは殿下にも当てはまるのです。あなたは、そうやって理由をつけて、いつもいつも逃げて閉じこもってきましたよね?」
「…………イリヤ。お前……」
困惑した表情を浮かべ、言葉を詰まらせる。
今まで、イリヤが自分にこんなに意見を述べるのは初めてだ。
それも、助言ではなく、批判の言葉を。
「覚悟がないなら、演説はお止めください。城の者に犠牲者が増えるだけですから」
「原稿は書いた……だから……」
「書いただけでしょう? 伝わるかどうかわからない言葉を読み上げるのは、『演説』ではなく、ただの『朗読』ですよ? 殿下」
目を細め、鼻で笑うイリヤ。
彼は一体、どうしてしまったのだろう?
ひたすら困惑する王子とアンジェリカ。
しかし、セラフォードだけは口を出さず、黙って事の成り行きを見守っている。
「でも、やらないといけないんだ。これはリナとの約束だから」
「あなたにとって、演説は『義務』なんですね」
「違う! 義務なんかじゃ!」
「じゃあ、あなたにとって、それは、何なんですか?」
心臓の音が高まり、ドクンドクンと体中に鳴り響く。
どうして、演説をすることにしたのだろう?
確かに、提案したのは、リナだ。
でも、やると決めたのは自分。
どうして、やろうと思ったのだろう?
一度は嫌だと突っぱねたのに、なぜ?
アルフォードは、ふと眠ったままのリナを見た。
里奈から学んだことは『聞くこと』と『伝えること』だ。
彼女はいつだって自分に真剣に思いをぶつけてきた。
無礼だと何度言っても聞かずに、失礼なことばかり言ってきた。
でも、そのおかげで、リナの思いがひしひしと、伝わるようになったし、自分のことを分かってもらいたいと思うようになった。
「伝えたいんだ。ちゃんと、自分の言葉で、自分の意志を……。リナに言われたからやるんじゃない。こんな自分でも、『何かを変えること』ができると証明したい」
今までのことを思い返したら、ポツリポツリと言葉が自然と出てきた。
窓から、風がやってきてアルフォードの前髪を揺らす。
昼間は暖かく感じた風も、この時間になると冷たかった。
イリヤは窓を閉じながら、深く息を吐いた。
そして――――
「それなら、ベストを尽くしましょう。もう、迷っている暇なんてありません。進むのみですよ、殿下」
いつもの柔らかい口調で王子に言う。
「イリヤ……もしかして、俺を試したのか……?」
「まあ、そんなところですよ」
アルフォードはアンジェリカと顔を見合わせる。
そして、全てお見通しだったとでも言うように、セラフィードは、
「さぁ、病人の部屋ですから、作戦会議は静かにやりましょう」
と呑気な口調で三人を促した。
そして、まんまと手の上で転がされていたアルフォードは、イリヤに怒りをぶつけようと振り向くと、
「アルフォード様、私はどんなことがあっても、あなた様にお仕えいたしますから。だから、どうか、ご自身に自信をお持ちになってください。どんなことがあっても、殿下には私たちがおります」
アンジェリカが、涙を流しながら車椅子の前で跪く。
あまりの唐突さにアルフォードは動揺して、「わかったから、その……涙ふいてくれないか?!」と慌てふためいた。
そして、立ち上がりハンカチで涙をふくアンジェリカに、ちゃんと聞こえるように、
「ありがとう、アン」
とお礼を言葉を述べる。
それは、誰から強要されたものでも、仕方がなく言った言葉ではなく、王子の中から自然に出てきたものだ。
その言葉を聞いた、一同は目を見開き、彼をまじまじと見つめる。
「明日は、雨かもしれません。殿下からそのように自然と言葉が出てくるなんて!!」
「演説台の設置のスケジュールが狂ってしまう……。これは困ったぞ!」
「なんだよ……。俺だって……その……感謝の言葉くらいちゃんと言えるぞ!」
「殿下も本当にお変わりなられましたね。殿下のことずっと見てきた、私は、うれしゅうございます」
耳を赤くしながら、これ以上耐えられないとばかりに、アルフォードは俯く。
(自分のことをそうやって言ってくれて、信じてくれる人がいるのがこんなにも心強いなんて……)
今まで人と距離を置いてきたアルフォードにとって、こんな気持ちになるのは初めての経験だ。
このことを早く彼女に伝えたい。
だから、どうか早く目を覚ましてほしい。
王子は大きく深呼吸をし、真剣なまなざしで、
「今から、明日の原稿を読むから、改善点があれば指摘してほしい。俺に力を貸してくれ……」
と三人に頭を下げる。
アルフォードの手に握られている紙の一番上には、里奈の書いた字で、
『You can change your world if you change your mind.』
~あなたの考えが変われば、あなたは世界を変えられる~
と大きく書いてあった。
そして、アルフォードはリナなしで演説へ向けて駆け出した。




