演説まで①
「できた!」
アルフォードは自分しかいない自室で声を上げた。
窓を見るとすっかり日は落ち、いつのまにか部屋には明かりがともされていて、テーブルには軽食とお茶が用意されている。
イリヤや侍女たちが入ってきたのも全く気付かないくらい、集中して原稿に没頭していたようだ。
「これで大丈夫だろうか……」
原稿はできたが、果たしてこれが人々の心に届くかはわからない。
里奈がいれば、客観的に意見をもらえるのだが。
「リナは……?」
王子は、原稿を握りしめ、急いで車椅子に乗り換え、部屋から出ていく。
「殿下? どうされましたか?」
扉を開けると、イリヤが控えていた。
アルフォードは彼に、「リナの容体はどうなった?!」と詰め寄る。
その勢いに圧倒され、いつもハキハキと話すイリヤの声は上ずる。
「リ、リナ様はまだ眠ったままで……」
「俺をすぐ連れていけ!」
「かしこまりました」
そして、二人は急いで里奈が眠る部屋へと向かった。
*****
セラフィードとアンジェリカは、里奈の側を離れず、ずっと看病していた。
「熱は落ち着いてきたな……」
「はい。先ほどよりも」
一時はかなり熱が上がったので心配だったが、とりあえず下がってきたので一同は安心した。
しかし、彼女は依然眠ったまま……
起きる気配がない。
「今夜が峠だろう……」
「このまま、意識が戻らないってことがあるんですか?」
「何とも言えない。残念ながら、私は呪詛返し専門ではないんだ。魔術をかけた張本人を捕まえたとしても、解き方を知っているとは限らないし」
「黒魔術……。リナ様は魔力をお持ちなのに」
アンジェリカが、里奈の手をそっと握る。
里奈の手は熱いものの、顔は青白く、生気が感じられなかった。
「魔力をもっていても、心が弱っていたら、かかってしまう。それに、リナ様自身、黒魔術というものの存在を知っておられたか分からない。こちらに来て間もないから、魔法のことも黒魔術のことも無知識だったと思う」
彼らがそんな話をしていると、勢いよく扉が開き――
「リナは目覚めたか!?」
と大声でアルフォードがイリヤと共に部屋に入ってきた。
そして、すぐさまベッドのもとへ進む。
「残念ながら、まだ目を覚まされません……。今夜が峠かと……」
セラフィードは申し訳なさそうに、アルフォードに現実を伝えると、彼は「そうか」と短く答え、里奈を見つめた。
「殿下、演説文は出来上がったのですか?」
黙ったままのセラフィードが、アルフォードに恐る恐る尋ねる。
アンジェリカもイリヤも心配そうに彼を見る。
「一応な……。でも、この言葉が国民に届くかどうかはわからない……」
いつも自信満々に、上から目線で言い放っていた王子なのに、里奈が倒れたことで相当精神的にきているようだ。
一同は何も言えず、沈黙した。
両親が殺されているアルフォードにとって一番恐ろしいのは、身近な人の『死』だ。
そのことは、ここにいる皆が知っていた。
決して楽観視できないこの状況では、皆、彼にかける言葉が見つからない。
これ以上誰も目の前で死んでほしくない……
アルフォードは、拳を握り、強く思った。
「なんで、俺はいつも何もできないんだろう。リナが目の前で倒れた時も、支えて受け止めることができなかったし、助けを呼ぶことさえできなかった。魔法もたいして使えないから、魔術を解くこともできない。ほんと……意味ないな……」
ポツリポツリと、こぼれる声が部屋に響く。
アンジェリカはハンカチを取り出し、涙を拭う。
そんな中、イリヤは、じっと一点だけを見つめて、鋭い一言を王子に浴びせる。
「これでは、明日の演説は失敗するでしょうね」




