魔獣と契約②
「ねぇ、聞いてもいい?」
里奈が階段を登りながら、魔獣に尋ねる。
魔獣は「なんだい?」と言いながら、後ろを振り返った。
「あなたは、この魔石でずっと私のことを見ていたってことよね?」
「さっき、きみが見た映像ぐらいからね」
「なんで、いま現れたの? アムステールに来たとき、あなたみたいな設定を説明してくれるキャラが必要だったのに、なんでその時は出てきてくれなかったの?」
「出ていきたくても、出てけなかったのさ。きみが魔法を信じてなかったから、きみに会うことができなかった」
里奈は登る足を止め、首を傾げる。
いまいち魔獣の言っていることが理解できない。
「ボクはね、魔石であるミストルティンにふさわしい人物を『見つけるため』に造られた存在なんだ。主を見つけることがボクの役目なんだけど、魔力がいつの間にか底を尽きてしまって、ミストルティンから出られなくなってたわけ。で、何十年ぶりぐらいに、きみがミストルティンを見つけてくれたわけなんだけど、きみは全く自分が魔法使いだと自覚してなかったから、ちょっと様子をみることにしてみたわけさ!」
「は?! つまり、観察してたってこと? 攫われたり、怖い思いしたのに?!」
「きみが、ミストルティンの主にふさわしいか、テストしてたんだよ~。だって、迂闊に変な人物と契約させられないから~」
里奈は腰に手を当て、魔獣を睨む。
目がつりあがっている里奈のすごい顔を見て、魔獣はあわてて階段を数段、駆け上がった。
階段はまだまだ続いている。
「なんなのよそれ!! ほんとこの世界の人たちって、困っている人を助けようとか、そういうホスピタリティ精神はないわけ!? これでも、か弱い女の子なのよ!」
「え? リナはか弱くないでしょ……?」
「なんか言った?!」
「ひぃっ……」
里奈は魔獣の首根っこを掴み、猫を持ち上げる要領で、顔の高さまで持ち上げた。
昔、家で猫を飼っていたので扱いはお手のもの。
ここを掴まれたら、どうすることもできない魔獣は「ごめんなさい……」と謝るしかない。
「で、何で今出てきたのよ!」
「だって、今……リナは瀕死の状態だから……。ほら、エミリアっておじいさんの所で出されたお茶飲んでたでしょ? あれできみは、まんまと黒魔術にかかっちゃったわけ。ホームシックとかなんとか言ってたけど、気分が落ち込んでいたり、全てが嫌になったのは、彼らの仕業だよ」
「そうなの? なんかエミリアの家出てからおかしいと思ったのよ……。あいつ、次あったら容赦しない!」
魔獣の言葉を聞いて、里奈は内心ほっとした。
いつの間にか、自分がこんな無責任な人になってしまったのかと正直悩んだ。
リチェに「逃げている」と言われた時も言い返せないくらい、後ろ向きだった気分も今はもうない。
これで、リチェやアルフォードたちに自分の意志を堂々と言える。
「でも、実際少しは心の中で迷っていたんでしょ? だから、お茶なんかでかかっちゃったんだよ。心が弱っていればいるほど、闇を利用されるのが黒魔術だからね」
「そうなんだ……」
逆に、リチェにきついことを言われて決心できた気がした。
今は迷いはない。
リチェやアルフォードやイリヤやアンジェリカはもう、自分の家族みたいな人たちで、今なら、あそこが自分の居場所だと胸を張って言える。
国家魔法使いになることだって、怖くない。
階段を照らす光のように、里奈の瞳にも光が戻ってきた。
里奈の茶色かかった黒い瞳を見つめながら、魔獣は、
「どうやって彼らに反撃するの?」
と里奈に持ち上げられたまま、意地悪そうに尋ねた。
「え? どうやってって、一発飛び蹴りをくらわすか、木刀か竹刀でぶん殴る!」
「いやいや、いくらなんでも、それを簡単にくらわせられないでしょ」
「そうかもしれないけど……私にはそれしかできないし……」
「あるでしょ! 暴力以外に」
「何??」
魔獣は、するっと里奈の緩まった手から逃げ、階段を数段登り、里奈の目線に来るまで上がって言った。
「『魔法』という最強の武器がリナにはあるじゃないか。そして、リナにはその最強の武器を使って、アムステールを変えるんだ。あの王子の強みが『歩けないこと』っていっていたのと同じで、リナの強みも『魔法を知らないこと』だよ」
魔獣は自信たっぷりにドヤ顔で、先日のリナのアルフォードへ向けた言葉を引用した。
(なんかうまくこいつに利用されていく気がする……)
リナは立ち上がり、ネックレスを首に掛け直しながら、
「確かにアルフォードにはそういったけど、それと私の状況とはなんか違う気がする。知らないことで、ほかの魔法使いより優位に立てないと思うんだけど……」
とエミリアを思い浮かべながら言った。
今、敵対している魔法使いと言えば彼しかいない。
「ノンノン! 魔法は心に強く連動するから、凝り固まったおじいさんより、頭が柔らかい子どもの方が、案外いろんな魔法がすぐ使えるようになったりすんだよ~。大人になると恐怖でできないことも、小っちゃい子は恐れず果敢に挑んでいくでしょ。それと同じなのさ」
理屈はあっているようだが、魔法なんてまだ一度しか使ったことがない里奈にとっては、なかなかそう楽観的に思えない。
そもそも、魔獣は自分に『何を』求めているのか謎だ。
だから里奈は、ストレートに聞くことにした。
「あなたは一体、私に何を求めているの?」




