魔獣と契約①
猫型魔獣は、ゆっくり里奈の周りを歩き出した。
それは、里奈を品定めしているかのよう。
「まぁ、とりあえず、記憶取り戻してもらわないと話できないから、ミストルティンの記憶を分けてあげる」
そういうと、里奈の膝にちょこんと前足をかけ「魔石をここへ置いて」と指示する。
里奈が首からネックレスを外し、膝に魔石を置くと、なにやら呪文と唱え始める。
(はぁ……本格的に……私、魔女っ娘になってきた……。ってか、こういう生き物ってのは初回で登場するもんじゃないの!? 設定絶対おかしいでしょ!)
とりあえず大人しく魔獣を見守るふりをして、心の中で話の進行にも毒を吐く。
世の中は思い通りにはいかない。
「神聖なるミストルティンよ。そなたの見てきた記憶を、この者に分け与えたまえ」
青い炎のようなものが、ふわりと魔石から出て、里奈の目の前で球状に変化し、映像が映し出されている。
里奈は、その映像をじっと見つめる。
その映像は、里奈が魔石を鞄から見つけたところから始まっていた。
「どうだ? 思い出してきたか?」
「……うん。そうか……やっぱりおじいちゃんは、もうこの世にいないんだよね……なんか変な感じだったんだよ……さっき……」
「…………そうだよ。リナのおじいちゃんは、亡くなったんだ」
悲しみを乗り越えるために、胸で服をぎゅっと掴んだ。
そして、断片的にアムステールでの出来事の映像が流れていく。
もわっとした霧が晴れていくように、里奈の脳はクリアになっていった。
「ずいぶん昔のように感じるわ。アムステールに来て一週間ぐらいなのに」
「とても充実した毎日を送っていたようだしね」
「充実してないって! ほんと大変なんだから! あの性悪王子と冷徹仮面の相手は」
「そうかな。ボクには楽しそうに見えたけどな」
(何も知らないで、よくもまあそんな無責任なこと言えるわ……こっちは、演説だってうまくいくか気が気じゃないのに)
今頃……アルフォードはちゃんと原稿を書いているだろうか?
記憶が復活したら、里奈は急に不安に襲われた。
こんな所で油を売っている場合じゃない。
リチェにちゃんと、自分の本心を説明しないと。
アルフォードの原稿をチェックして、背中を押さないと。
エミリアとの約束である、捕まっている人たちを解放してあげないと。
自分がやるべきことは、たくさんあるのに、今の状態じゃ一つも解決しない……
思いだけがどうしても先行してしまう。
急に黙って考え込む里奈に、猫型魔獣が話しかけた。
「ねぇ、リナ。きみはさ、あの国へ戻りたいっていったけど、本心?」
「うん、本心だよ」
「ふ~ん。でも、アムステールなんかに戻っちゃって本当にいいわけ? これ逃すと、元の世界に戻れるチャンス、二度とないかもしれないよ? また、うじうじ言いながら後悔しない?」
「元の世界よりも、アムステールの方が自分の居場所にしたいの。元の世界には今のところ……家族はいないし、帰ったところでどっちにしろ、新たな土地で再スタートだもの。それに……」
「それに?」
里奈は言葉を詰まらせ、膝に置かれた魔石を握る。
魔獣は、首を傾げている。
「それに、アルフォードやリチェや皆のこと、放っておけない。アムステールの国民のみんなのことも。ちゃんと自分が言ったことは、成し遂げたいの」
「自分の国じゃないのに? 国家魔法使いにされて、きっといいように利用されるよ」
魔獣は、意地悪な目で里奈を見た。
里奈は、その言葉を待っていたかのように、はっきりと言った。
「もうアムステールは私の国よ。絶対、逃げたりしないから。もう絶対迷わない。それに、利用されたとしても、私だって、いいように利用してやるわ!」
どこからか、すがすがしい風がやってきて里奈の髪を揺らした。
気づけば、辺りはもう暗闇ではなかった。
目の前には、白く光り輝く、なだらかな階段が続いている。
「OK! じゃあ、いこうか。きみの帰る場所へ」
そう言って、魔獣は階段を数段登り始めた。
里奈もそのあとに続いて、階段を一歩ずつ上がっていく。




