明日までに
「アンジェリカ、水とアロマージュの葉、コトハムギの花を持ってきてくれ」
「はい、セラフィード様」
「そこの侍女たちは、氷水を用意して」
「はい!」
テキパキと指示をしていくセラフィードを、心配そうにリチェーヌはただ見ているほかなかった。
「おい、リチェーヌ。お前の主だろうが、突っ立っていないで少しは手伝え」
「自分に何ができるかわからない……。私は守り抜けなかった……。こんなことになるなら、無理にでもあちらの世界に返すべきだった」
セラフィードはわざと大きく溜息をつき、軽蔑の目でリチェーヌを見る。
「お前、いつからそんな、うじうじした奴になったんだ? 士官学校では、戦の獅子として恐れられていたお前が、腑抜けになってしまったなんて……世も末だな」
「…………リナ様は助かるのか?」
「助かるじゃなく、助けるんだろうが! お前少しはメアリー様に、黒魔術について教えてもらわなかったのか?」
「…………」
「本当に使えない奴だ。もういい。お前はここにいても邪魔だ。その、うじうじした空気を出すと、良くなるものも良くならん! 殿下の演説の手伝いをしろ。演説の成功こそが、リナ様の願いだったのだろう?」
剣をしまいながら、眠ったままの里奈を見つめる。
そして、アルフォードが一歩進みだしたように、自分もやれることをしなければと思った。
(リナ様、絶対あなたの願いを叶えてみせますから……どうか、早く目を覚まして……)
冷ややかな里奈の左手をそっと握り、額に右手を置いた。
「我に従い統べる精霊たちよ……彼女を闇から守りたまえ」
そして、リチェーヌも部屋を後にした。
彼と入れ違いに、侍女とアンジェリカが戻ってくる。
セラフィードは彼女らに、持ってきたものを水に浸すよう伝え、氷水で浸したタオルを絞り、里奈の額にのせる。
「セラフィード様、この水はどうしたら?」
「それを器に入れて、ゆっくり、リナ様に飲ませて」
「はい」
侍女二人が里奈の体を起こし、アンジェリカが器に入れた薬草入りの水を、ゆっくり里奈の口へ流し込む。
「うまくいってくれよ……」
セラフィードは里奈の両手を握り呪文を唱える。
「彼女の血に宿りし魔力よ、今こそ一つに集いたまえ。身体に潜む悪しき力を追い払い、主を守りたまえ!」
彼が呪文を唱えた瞬間、氷のように冷たかった身体が、急に熱を発し出した。
「アンジェリカ、身体が温まりすぎないよう、氷水で頻繁に冷やしてくれ。あと、この水も飲ませて」
「はい!」
やれることは全てやった。
あとは、彼女の魔力と体力と精神力に賭けるしかない――
******
部屋を出て行ったアルフォードは、自室にこもり、演説原稿の続きを書くことにした。
しかし、なかなかペンが進まない。
どうやったら国民に響く言葉になるのか自分ではわからなかった。
頼みの綱であった里奈をもう頼ることはできない。
どうにか一人でやりとげないと……
焦る気持ちばかりが先行してしまう。
「ああ、くそっ!」
ぐちゃぐちゃとペンで書き、破ってぐしゃぐしゃと丸め、床へ放り投げる。
部屋にこもってから、すでに一時間が経過していた。
机には里奈から借りた本が置かれたまま。
それに手を伸ばし、一ページ目を開く。
「どうしたら、あいつみたいに前向きになれるんだろう……どうしたら、リナみたいに心に響く言葉をかけることができるんだろう……」
数ページを開くと、ある文章が目に入ってきた。
それは里奈が言っていた「キング牧師」の演説の話だった。
アルフォードはペンを置き、本を自分へと近づけ、原稿を見た時の彼女の言葉を、もう一度思い浮かべてみる。
「民衆に語りかけるように……」
キング牧師がどうして、皆の心をとらえることができたのだろうか?
ヘレン・ケラーの言葉がどうして心に響いてきたのか?
一つ一つ文章を読みながら、アルフォードは言葉を深く掘り下げてみる。
カチ……カチ……カチ……
ページをめくる音と、机の上の時計の音だけだ響いている部屋に、リチェーヌが扉の外から呼びかける。
「殿下……入ってもよろしいでしょうか?」
しばらく待っても中から返事がないので、扉をゆっくり開けてみる。
「殿下?」
リチェーヌが部屋に入ると、真剣に机に向かいペンを走らせているアルフォードがいた。
姿を確認できたので、静かに部屋から去る。
彼はきっと明日までに原稿を書き上げるだろう。
リチェーヌは、そう確信した。
そして、廊下を歩きながら、じっと考えを巡らせた。
エミリア一派が何もしてこないわけがない……
演説できっと何か仕掛けてくる……
顎に手をかけ、彼らの行動を予想する。
そして、ある場所に向かった。




