誘惑
「あれ……? ここって……」
里奈が周りを見渡すと、地面はコンクリートで舗装されていて、電柱が立ち並び、車がびゅんびゅん走っている。
見慣れた制服を来た人たちや、スーツを着た人たちが前を行き交っている。
里奈は、ある方向に向かって走り出した。
(もしかして……私戻ってきたの!?)
「はぁ……はぁ……はぁ」
目の前には、予想通り、自分の家があった。
そして、急いで玄関の扉を開けると――
「おかえり、里奈。今日は早かったの」
目の前には、いるはずのない人が立っている。
信じられなくて、自分の頬をつねってみようとしたら、
「玄関に突っ立っていないで、早く入らんか!」
と懐かしい声が返ってきたので、頬をつねろうとした手で玄関を閉めた。
(なんで、おじいちゃんがいるんだろう?)
首を傾げつつ、居間へ向かうおじいちゃんに声をかける。
「おじいちゃん……胸……苦しくない? 大丈夫?」
「何を言っているんじゃ? わしはどこも悪くない」
「そう。ならいいんだけど」
違和感を感じるが、そんな事どうでもいい。
大好きなおじいちゃんにまた会えたのだから。
「おじいちゃん、今日のごはん何?」
「ギョーザだよ。早く手を洗っておいで」
「はーい」
洗面所に行って、手を洗いながら鏡を見上げる。
鏡にはいつもの制服姿の自分の姿が映っていた。
「あれ……今まで私どうしてたんだっけ……」
蛇口をひねりながら、じっと考え込む。
はまっていたパズルのピースが、一部無くなっていって、パズルの絵がなんだったのか分からない……そんな感覚だ。
すると、胸にヒヤっと当たるものがあることに気づく。
「これ……」
優しい光を放っている青い石……
里奈は鏡をじっと見つめる。
(大切なことを忘れている気がする……でもなんだったか分からない、思い出せない)
「里奈~ギョーザ焼けたぞ~」
おじいちゃんが呼んでいる。
思い出しかけたことに蓋をし、台所へ向かう。
*******
「でね、久美子がいっつも彩花の雑巾がけ笑うんだよ。やっぱりお嬢はちがうねって言って~だから、彩花はもうやらないって言いだして、大変だったんだから」
「そうか。学校楽しそうでなによりじゃ。毎日は充実しているか?」
「うん。もうすぐ夏の大会近いから、みんな気合入ってる。今年も連覇しないとね!」
「よかった、里奈が幸せそうで」
おじいちゃんが、目を細めじっと自分をみてくる。
表情がいつものおじいちゃんではない。
でも、目の前にいるのはおじいちゃん。
里奈は気にせず会話を続ける。
「おじいちゃんこそ、幸せ? 私と一緒に暮らせて」
「幸せじゃよ。里奈はずっとそばにいてくれるじゃろう?」
「もちろんだよ」
「大切な人たちが待っていても? やるべきことがあったとしても?」
「おじいちゃん?」
首からかかっている石が、熱を放っているようで熱い。
おじいちゃんは、真剣な表情で自分を見つめる。
「わしとずっとここにいれば、何も怖くないし悲しくない。里奈、だから全て忘れるんじゃ。今まで出会った人たちのこと、自分がやったこと、起こった出来事すべて……」
「何をいってるの? 忘れるなんてできないよ。だって、すべて含めて私だって、おじいちゃん言ってたじゃない! 今まで出会った人を忘れろなんて、おじいちゃんどうしちゃったの!?」
里奈は眉間に皺をよせ、立ち上がる。
(今までのおじいちゃんとは違う……おじいちゃんは、そんなこと言ったりしない人だ)
胸の石が強く光出した。
『お前、ここから出たいか?』
脳に直接知らない声が響く。




