タイムリミット
「殿下……残念ながら、アニシナ女史は今国内におらず、連絡が取れません」
里奈の部屋へ入るなり、イリヤが気まずそうな表情で報告する。
アルフォードは「そうか……」とだけ口にして、青白い里奈の顔を見つめたままだった。
「リチェーヌ、毒の種類を特定するには何か方法がないのか? 何か里奈を助ける方法はないのか?」
悲痛な声でリチェーヌに問いかける。
リチェーヌは俯いたまま――
「申し訳ございません。命を懸けてお守りすると言っておきながら、リナ様を一人で、エミリアのところに行かせてしまい……」
そして、ゆっくり車椅子のそばで跪き頭を垂れ、
「殿下、この私の命をもって償わせていただきます」
と言いながら、すっと腰の剣を抜いた。
アンジェリカが、口元を抑え、目を見開く。
アルフォードは、そんなリチェーヌを冷ややかな眼差しで見つめる。
「リチェ、お前の命を取ったらリナは助かるのか?」
「…………」
そして、ゆっくり息を吐きながら、車椅子にもたれ掛る。
「その命はリナに捧げる命だろう? ここでお前を殺しても何の意味もないし、あいつに怒鳴られる。簡単に死ぬなんていうな、頼むから……」
アルフォードの瞳に微かに涙が浮かぶ。
次の瞬間――
開かれた窓から、勢いよく風が流れ込み、テーブルに置かれていた紙が、バサリと宙に舞った。
そして、ひらひらとアルフォードたちの頭上に降り注いだ。
「これ……」
落ちてきた一枚を掴み、よく見ると、それはアルフォードが書いた演説の原稿だった。
大きく×が書かれているので、初期に没になったもの。
里奈が執務室からもってきたようだ。
それには、見慣れない文字で色々書き加えられていた。
里奈が密かに添削をしてたことが伝わってくる。
リチェもアルフォードと同じように、その紙たちを見ている。
アンジェリカはそれを見て、すすり泣く。
どうすることもできない、絶望的と思われるこの状況。
コンコン……
ノックが響いた。
アルフォードが、扉を向きながら「誰だ」と叫ぶ。
「お取込み中失礼いたします、殿下。セラフィード・ベルンハルトでございます」
「入れ」
秘書官であるセラフィードが、どうしてここへ来たのか?
アルフォードは眉を潜めた。
「リナ様が、黒魔術に侵されていると聞きまして、やってまいりました」
「セラ、お前、どうにかできるのか?」
「わかりませんが、全力を尽くします。ですから、殿下は『ご自分のやるべきことを』なさってください」
セラフィードは、青い瞳に王子を映しながら、ゆったりとした口調で言った。
アルフォードは、それが何を意味しているのかすぐに理解できたが、一歩が踏み出せなかった。
苦しむ彼女を放っておけない――
なかなか動かないアルフォードを見かねたセラフィードは、とうとうしびれを切らし――
「殿下! 今あなたにしかできないことをしてください! リナ様は私が見ております。彼女の努力を無駄になさるのですか?!」
と彼の肩を掴み叫んだ。
肩を掴まれた王子は、手に握られている演説文をもう一度見る。
『ごめん……アル……。わたし……あなたがちゃんと……えん…ぜつ…するところ……を……見届け……たい……』
そして、彼女が倒れる寸前に言った言葉を思い出した。
「セラ、リナを頼む。絶対に死なせるな!」
そう言って里奈の部屋から出て行った。
演説までもう一日を切っている。




