忍びよる罠
「おい、こっちにこい!」
急にアルフォードが叫ぶ。
(こっちにこいって……なんなのよ……)
里奈はしぶしぶアルフォードの言うとおりに、祭壇の方へ歩いていく。
祭壇の近くにいくと、床に大きな魔方陣が描かれていて、天井から降り注ぐ光でキラキラと線が輝いていた。
「きれい……」
「リナ、魔石は持っているか?」
「持ってるけど……何?」
「自分の手のひらに乗せろ」
(一体なんなの……? さっきから命令ばっかり!)
里奈は、彼の言うとおりに首からかけている魔石を、右の手のひらに乗せた。
「俺が今から言う言葉を復唱しろ」
「え? ちょっと、何しようとしているかちゃんと説明してよ」
アルフォードから離れて警戒する。
そうやすやすと、彼のペースに飲み込まれるわけにはいかない。
アルフォードは溜息をつきながら、
「お前を自分の国へ帰してやる」
とぶっきらぼうに言う。
一体この王子に何があったというんだ?!
急に優しくなりだしてなんだか気持ち悪い。
里奈は眉間に皺を寄せ、信じられないという顔をした。
「なんだよ。言ったからにはちゃんとこの国を再建してから帰ってほしいが……。まぁ、どうしても帰りたいというなら仕方がない。精神的に追い詰めてしまってすまない」
「……どうしたのよ。あなたが謝るなんて……なんか変なものを食べたの?」
「お前な! 人が親切にしてやってるのに……。帰りたいのだろう? それじゃあ、言われた通りにしろ!」
彼はそう言いながら魔方陣の中心を指さした。
そこに立てということなのだろう。
でも、里奈の足は動かない。
(帰りたいけど……でも……)
モヤモヤしたはっきりしない気持ちが、心の中でぐるぐる回る。
「どうした? 魔法使いになりたくないのだろう? このままだと、俺も、リチェーヌも国民の皆もリナを、国家魔法使いにさせる。リチェが言った作戦は確かに、この国を再建する一番の近道だ。国家魔法使いがこちら側にいるのといないのでは、全く状況が違う。それも、お前はローゼン家の血を受け継いでいるんだ。皆の期待値は必然的に高くなる。帰るなら今しかないぞ」
真剣な目をするアルフォードを見たら、ぎゅっと胸が締め付けられた。
一緒に再建しようって私がアルフォードに言った。
アルフォードやリチェが炎から守ったのは紛れもなく『魔法の力』だ。
なんで、私は『魔法使いになること』をこんなに拒んでいるのだろう?
帰りたいから? 皆の期待が怖いから?
考えこむ里奈に、急に激しい頭痛が襲う。
ズキズキと痛む頭を押さえながら、立っていられるよう足を踏ん張った。
リナの異変に気付いたアルフォードの頭に、ふとある事がよぎる。
「リナ、お前、エミリアのところで、何か飲んだり食べたりしたか?!」
「え?」
緊迫した声で、アルフォードが叫ぶ。
彼は眉間に皺を寄せていた。
「何でエミリアのとこに行ったって知ってるのよ……」
「食べて飲んだのか? いないのか?」
里奈のスカートをいきなり引っ張りながら、アルフォードが必死で詰め寄る。
頭痛と彼の声が脳に響いて、今にも頭が割れそうだ。
「飲んだわよ! 出されたお茶を全部!」
「お前は馬鹿か!! あいつは敵だぞ? リチェにも気をつけろと散々言われていただろうが!!」
「だって、客として出されたお茶を飲むのは礼儀でしょ!」
「そういう問題じゃない!」
(やばい……なんか本格的に立っていられなくなってきた……目が回る……)
次の瞬間、里奈は仰向けに倒れてしまった。
遠くでアルフォードが呼んでいるが、返事はできそうにもない。
今はかろうじて息をするだけで精いっぱい……
でも、ちゃんと伝えないと。
薄れゆく意識で里奈は声を絞り出した。
「ごめん……アル……。わたし……あなたがちゃんと……えん…ぜつ…するところ……を……見届け……たい……」
「おい、リナ! おい! しっかりしろ!おい! 目を開けろよ」
倒れているリナの呼吸を確認しようとするが、車椅子からは手が届かない。
「くそっ!」と唇を噛みしめ、アルフォードは倒れこむように車椅子から床へ降り、腕の力だけで、里奈の元へ進む。
「リナ、お前、大口叩いといてこんなところで死ぬなよ! 俺と一緒にこの国を立て直してくれるんじゃないのかよ!」
アルフォードの脳内に、五年前の惨劇がふとよぎる――
あのころから自分は何も変わっていない……
また、目の前の大切な人を助けられないのだろうか?
「どうしたら、どうしたらいい? どうしたらリナを助けられる?」
混乱する頭で必死で考える。
倒れている彼女の右手の人差し指の指輪がキラリと光った。
急いで、その指輪を確認する。
「リチェーヌ! 聞こえるか!? リナが、リナが倒れた!! 早く来てくれ!」
アルフォードは必死に叫んだ。




