カテドラル
里奈はそのまま部屋を飛び出し、ひたすら廊下を息が切れるまで走った。
(リチェのバカバカバカ! やっぱり私のこと信用してないんだ!)
悲しみを通り越して、それは怒りに変わっていく。
でも一番バカなのは自分だ。
リチェの言葉に言い返すことができなかったのは、それがある意味図星だから。
心のどこかで、自分はこの国の人じゃないと言い訳していたのだ。
そして、すべてを投げ出し帰りたくなっていたのも事実だった……
「はぁ……はぁ……はぁ……」
気づけば全く知らないところにいた。
やみくもに走ったせいで、自分の来た道も戻れそうにない。
「気持ち的にも、あの部屋には戻れないけど……」
辺りを見回しても、誰一人として歩いていない。
冷ややかな風がすっと廊下を吹き抜け、窓からは優しい光が差し込んでいる。
床はこの城にしては珍しく、美しく磨き上げられていた。
(なんだろう……ここ……他と雰囲気が違う)
ふと、前を見ると、つきあたりに他の扉とは全く造りの違う、美しい装飾がされた扉があった。
里奈は扉に近づき、そっと開けてみる。
カチャ――――
その扉は簡単に開いた。
おそるおそる、中をのぞき見ると――――
「すごい……。なにこれ……」
白く輝いている柱が等間隔で八本、天に向かって高くそびえ立ち、壁には美しいステンドグラスの装飾が施され、色とりどりの光が床を照らしている。
「すっごい天井が高い……」
おそらく天井まで十メートルはあるだろう。
よく見ると、八本の柱が枝のように分かれ、天井の装飾と一体化している。
肉眼では詳細には見えないが、一つ一つ細かい彫刻が掘られているようだ。
柱と柱の間の壁にも小さい小窓があり、そこから祭壇へと優しい光が集まる仕組みになっている。
床も先ほどの廊下とは比べ物にならないほど、美しい大理石の床だ。
歩くのがためらわれるほどだが、里奈はゆっくり奥へと進む。
「オネェ神父の教会とは比べ物にならないわ……。こないだテレビでやっていたサグラダ・ファミリアみたい……」
真ん中の通路の両脇には、美しい長椅子が等間隔に祭壇へ向かって並べられている。
里奈は、左側の真ん中ぐらいの長椅子に腰かけ、改めて天井を見上げた。
「ああ……私なにやってるんだろう……。演説は明日なのに……。魔法使いなんて何でやらないといけないのよ。私が魔法を使ったところで何も変わらないのに……」
「変わる。お前には変える力がある――」
後方から、聞き覚えのある声が響きわたった。
それは、リチェでもなくイリヤでも、アンジェリカでもなかった。
「アルフォード……なんで……」
「お前はイノシシだな。あの部屋を、左にずっとまっすぐ進むと、ここにしか辿り着かない。まぁ、単細胞なお前だからすぐ居場所なんてわかるが」
彼は、車椅子をゆっくり里奈のもとへ進めながら、ニヤリと笑った。
そんな彼の言葉にも反応できない里奈は、じっと祭壇を見つめたまま。
見かねたアルフォードは、一人で話を続ける。
「自分で立ち上がることすらできないこの俺を、お前は『この足が強み』だといった。誰も俺にそんな言葉をかけてくれた者はいない。お前と会わなければ、俺はずっと自分の部屋に閉じこもったままだった」
いつもなら、嫌味か見下すような発言しかしないアルフォード。
天井の高いこの教会に、彼の言葉が降り注ぐ。
「別にいいんじゃないか? お前は実際この国で育ったわけではないのだし、帰りたいのは当たり前のことだと思うが?」
里奈はアルフォードへ首を回した。
彼の口から意外な言葉が出てくるので、目を丸くする。
「え……なに……もしかして、慰めてくれてるの?」
「……別に。率直な意見をいっているだけだ。リチェと何があったかしらんが、あいつが、ああやって他人に強く意見する姿を初めて見た。冷徹仮面で有名なリチェーヌにも感情があったんだな」
「冷徹仮面?」
「ああ。みんな言っているぞ。誰に何を言われようと、感情を見せることはない男だと。メアリー様が亡くなる前は違ったようだが」
アルフォードは話ながら、祭壇へ向かってタイヤを回す。
距離ができても、この教会はよく声が通った。
「私、アルフォードにエラそうなこと言ってるけど、リチェが言った通り、私……逃げてるの。全然覚悟なんてない。それなのに、この国を一緒に再建しようとかあなたに言って……。こんな自分が恥ずかしい……」
里奈は立ち上がり、アルフォードの背中に向かって言った。
言葉が終わっても彼は振り向かない。
静寂が急に訪れる。
何も聞こえない空気が、より冷たく感じる。




