リチェーヌの作戦①
「この国の一部は、貴族の自治で成り立っています。自治を任せる報酬として税の一部を、彼らに委託という形で渡しているので、それをなくすのは難しいのです」
イリヤが地図の一部を指しながら説明する。
アムステール王国全体が描かれた地図だが、よく見ると、薄っすらと境界線のような赤い線が引かれていた。
その線こそが『自治区』を示す線なのだろう。
それは大きく4つに分かれている。
「でも、今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? 国全体がピンチなのに……」
「確かにそうだが、言った途端今度は貴族らの暴動に代わるだけだ」
「確かにそうだと思うけどさ……。じゃあどうすんのよ。払えない税を取り立て続けるの? 払っても払ても自分には見返りはない税を?」
ソファに深く体を沈めながら里奈はムッとした顔をし、アルフォードを責めたてた。
「そんなこと言われても仕方がないだろ!」
「仕方がないって、あんたこの国の王子でしょ! 何か考えないと、演説の意味がなくなるんだから。チャンスは一度きりなの。この人ならアムステールを任せられるって、皆に思わせないとまた同じことになっちゃうよ」
「言われなくてもわかってる!」
にらみ合いをする二人の間に、イリヤが奇跡の一言を投げかけた。
「あの、リナ様の国ではどうしているのですか? 同じように貴族たちに報酬を与えてはいないのですか?」
「いや、日本は王政じゃないよ。国会議員を選挙で選んで、その中から内閣総理大臣を選出し政治をしてるの」
「王政ではないのか?!」
「だから、そうだっていってるでしょ。そういえば、この国って国会ってあるの??」
「あることはあるが……」
歯切れの悪いアルフォードは、助けを求めてイリヤを見上げてる。
まあ、あったところでまともに機能しているとはとても思えないが、一応確認の意味も込めて尋ねてみる。
「ちゃんと、国民が選挙で選んだ人で構成されているのよね?」
「構成員は全員貴族、もしくは領主たちだ。一般市民はいない」
その言葉を聞いた瞬間、里奈は彼らに聞こえるように、わざと大きく溜息をつく。
「なんだ!? その大きな溜息は!!」
と吠えるように王子は言うが、どこから手をつけたらいいか、高校生の里奈にはお手上げだった。
(そうだ……ここはフランス革命前のフランスだった……)
そして、頭を抱えながら「もう、どこから改善したらいいかわかんない!!」と叫ぶ里奈を、
「まぁ、ずっと俺らが再建できなかったこの国を、お前が一日で再建案を出せるわけがない!」
とゲラゲラ笑うアルフォード。
(おい、笑っている場合じゃないだろ、このチャランポランのクソ王子!!)
喉まで出かかったが、相手にするのはやめて、イリヤに話しかける。
「イリヤさん、この国には選挙制度もないの?」
「ええ……。貴族議員も領主も、代々跡継ぎに権利が引き継がれていきますから。誰かを選ぶ必要がないのです」
「でもそれじゃあ、すっごく優秀な農民の人がいても、政治に参加できないってことだよね? 国民たちには直接何も変えられないってことだよね? それじゃあ、不満もたまるわよ! 私がその立場だったら、税金だけ払わされて何もしてくれないアムステールから、さっさと出ていく!」
「だから、国民の半分が亡命したんだろうな」
「はい??」
まるで他人事のように話すが、それってかなり最悪な事態ではないか?!
なんで、この馬鹿王子は危機感がないのだろうか?
里奈には、彼の余裕さが理解できず、そしてまた、ネガティブモードに突入しそうになる。
と、そこで、ずっと黙って扉前で立っていたリチェーヌが、静かに里奈に近づいてきた。
「リナ様、いきなり全てを変えることは不可能です。まずは、明日の演説を成功させることが重要ではないでしょうか?」
「そんなのわかってるって! どうしたら皆を納得させられるかを考えてるんじゃない。そんな事言うなら、リチェも一緒に考えてよね」
昨日の件からのモヤモヤもあり、口調が自然と強くなったが、リチェはそんな里奈の言葉も気にせず、自分の考えを淡々と述べていく。
「とりあえず、明日は『それなりのこと』を言えばいいのです。理想でも、夢物語でもいい。とりあえず、民衆が不満に思っていることを殿下が真剣に受け止め、これから変えていく姿勢を、皆に見せることが最も重要なのですから」
「つまりそれって……ハッタリをかませってこと?」
「ええ、まぁ、そういうことになります。なので、指導者としてカリスマ性を見せつける演出を加えます」
「カリスマ性を見せつける演出!?」
黙って聞いていたアルフォードが、里奈より先に声を上げた。
そして、アルフォード、里奈、イリヤの三人は、リチェーヌを見る。
彼の表情からは読み取れないが、何かとてつもないことを腹の内で考えている……
里奈はそう確信した。
そして、彼は視線を里奈に合わせ、衝撃的な一言を発した。
「まずは、リナ様に『青薔薇の魔法使い』になってもらいます」




