明日は雨
「お前、一体どこ行っていたんだ? せっかく、こっちはいい文章が書けたから、次に進もうかと思ったのに」
「そう……」
ひたすら話しかけるアルフォードに対して、里奈は「そう……」「ああ……」「うん……」のローテーションを繰り返しているだけだった。
さすがにアルフォードも里奈の異変に気付いたようで、
「お前、さっきから変だぞ? 何かあったのか?」
「別に……」
「別にって……。いいぞ、おれが相談相手になってやっても」
「…………」
里奈は王子の申し出も軽くスルーし、黙々と出される料理を口へと運ぶ。
いつもなら、騒がしい声が飛び交うのに、今回はお皿にフォークとナイフがぶつかる音しか響いてこなかった。
周りに控えている侍女たちも、「どうしたのかしら?」と互いに顔を見合わせている。
「おい、お前、人の好意を無駄にするのか?」
「別にあんたに相談に乗ってもらう気はないから」
「…………人が心配していってやっているのに」
「心配してもらわなくたっていい」
里奈は肉を切り分けながら、ぴしゃりと言った。
今回はアルフォードは悪くない。
でも、素直に彼には打ち明けられなかったし、むしろアルフォードを見ていると当たってしまう自分がいた。
(一人になりたい……)
里奈は、皿の隅にフォークとナイフを揃え「ごちそうさま」とアンジェリカに向かって言った。
アンジェリカが立ち上がる里奈にすかさず、
「リナ様、お茶とデザートがありますが、お部屋にお持ちいたしましょうか?」
と心配そうな顔をして言う。
「ありがとう。でもお腹いっぱいだから大丈夫」
そう言って一人部屋を後にした。
そんな里奈に、アルフォードが怒鳴り散らすと思っていたが、黙って里奈の後ろ姿を見つめるだけ。
そして、里奈の後を追いかけようとするリチェーヌを、すかさず呼び止めた。
「リチェーヌ、お前、今日あいつとどこに行った?」
「……リナ様に口止めされていますので……」
「……お前の主は誰だ?」
「殿下……私の現在の主は、リナ様です」
自分以外の名前を聞いた瞬間、怒り狂うだろうと、その場の誰しもが思った。
しかし、皆の予想は見事に裏切られた。
「とうとう臣下まで取られるとは……」
そう言いながら、アルフォードは額に手を当てながら、笑い声をあげている。
王子の反応を見た侍従侍女たちは、「とうとう殿下がおかしくなった」と不気味に感じ、一歩、二歩と後ずさった。
「リチェーヌ、その言葉を忘れるな。もし、リナと俺の命のどちらかしか取れない状況が来た時は、すぐさまリナの命を選べ。いいな?」
笑うのを止め、リチェーヌを強い光の宿った瞳で見つめる。
その表情は、いつにもまして真剣だった。
彼の言葉に答えるようにリチェーヌは、左膝を折り、右足を立てて屈み、右手を左胸に当て頭を垂れた。
そして――
「イエス、マイロード」
と誓いの言葉を立てた。
「あいつはこの国の唯一の残された希望だ……。何があっても守り抜いて元の世界に返してやりたい」
そんな会話がされていることなんて、里奈は全く知らない。
アルフォードが本当に心配してるなんて思ってもいない。
どうせ、いつもみたいにからかっているだけだと思い、里奈はムッとしてしまった。
結局、言葉は口に出さないと伝わらない。
いくら一人で心に秘めていたって意味がない。
相手に伝えてこそ、その効果が発揮される。
『言葉』の力で戦おうと決めたアルフォードが、そのことに気づくのはもう少し後のことだ。




