エミリアとの約束
エミリアはじっと里奈を見つめる。
そして、溜息をつきながら、
「いいじゃろう……。明後日のその殿下の演説とやらを聞くまで、何もしないと約束しましょう。ただし条件がある」
(げっ……また条件……!?)
里奈は明らかに嫌そうな顔をした。
そんな里奈に、かまわずエミリアは続ける。
「今王宮に捕まっている者たちを解放してほしいのじゃ。彼らは我々からあなた方に危害を加えないよう徹底する。そして、彼ら含めた国民たちとと一緒に、演説を聞きに行くことを約束しよう」
里奈は一瞬考え込んだが、この条件をのむほかない。
「わかりました。演説中も襲撃しないよう見張っててください」
「承知しました」
言いたいことと、確認したかったことが一通り終わったので、出されたお茶を全部飲みきって、里奈は扉へ向かう。
すると、エミリアが後ろから、
「リナ様、あなたの母君はいつ亡くなられたのじゃ?」
と意外な質問を投げかけてきた。
「私が三才の時に事故で……」
「事故……?」
「はい。私は小さかったのでよく覚えていないのですが」
「そうですか……」
エミリアはしばらくその場で黙り込み、何かを考えているようだった。
里奈は、それが何と関係あるのか? と首を傾げる。
「それでは失礼します」
「外まで送ろう」
エミリアが横に並び、二人は来た廊下を戻る。
すっかり日が暮れていて、窓の外は闇に包まれていた。
さすがにこの夜道を一人で歩くのは危険かもしれない。
「その指輪はリチェーヌが?」
「え? はい、そうです……」
(げ、バレバレじゃん! 気づいていないと思っていたんだけどな)
バレているのに人差し指にはめられた指輪を、さっとスカートの裾で隠す。
そんな里奈の反応を、鼻で笑いながらエミリアは、会話を続けた。
「あいつは元気にしておりますか?」
「ええ……。えっと、お知り合いですか?」
「知り合いも何も、奴はわしの一応、孫じゃよ」
「え―――――――――!?」
里奈は急に足を止め、エミリアの方を向き、今日一番の大声を上げた。
(なんでリチェは、そんな大事なこといってくれなかったのよぉ!!)
わなわなと震えている里奈をみて、エミリアも彼女が何を考えているのか理解した。
「奴は、ナイトレイ家を捨てた。あの事件当時この国にいなかったわしのことも恨んでおるからな。それに、あいつの性格上、ペラペラ自分のことは話さないじゃろう」
「確かに……ペラペラ話す方じゃないけど……でも!」
ほっほっほっ……と笑うエミリアを横目で見る。
笑い顔がどことなく祖父を思い出させた。
本当は悪い人じゃないのかもしれないが、今はまだ信用できない。
「奴はわしのように悪い奴ではないから、大目に見てくだされ」
「はい。あの、あなたは私の母のことも知っているのですか?」
思い切って、エミリアに聞いてみる。
実際、里奈は母親と父親が思い出せない。
多分小さかったからだと思うが、手元には写真すらなく、この間夢で見た母親の顔もおぼろげだった。
少しでも、お母さんのことが知りたい……
眉間に皺をよせ、真剣な眼差しで見てくる里奈に、エミリアは微笑み――
「よく知っておりますぞ。母君はとても聡明でおてんば娘じゃった」
「へぇ……」
「そしてよくメアリーに似ておった」
「おばあちゃんに?」
「残念じゃが、迎えがきておるようじゃ。機会があればいくらでも話しますぞ。機会があればじゃが――」
エミリアは目を細め笑みを浮かべながら言った。
何か違和感を感じたが、見間違えかと思いスルーする。
そして、入口の扉を開けると、茂みの奥に人影が見えた。
多分リチェが迎えに来てくれたのだろう。
ほっと胸をなでおろし、里奈はくるりと向きを変え、エミリアに一礼する。
「約束必ず守ってくださいね」
「我々の心配よりも、あなたは殿下がちゃんと、ひるむことなく演説できるか見ていた方がよいじゃろう」
「忠告どうも。さようなら!!」
そして里奈は茂みに向かって駆け出した。
(とりあえず、任務完了!)
人影が見えた辺りを見回しながら、小さく呼びかける。
「リチェ? 来てくれたの?」
茂みをのぞき見ると、リチェーヌが木の陰から出てきた。
「リナ様、ご無事ですか? 何かされませんでしたか?」
「うん。大丈夫だよ。来てくれてありがとう」
「早く王宮へ戻りましょう」
そう言って、リチェは門へ続く道を警戒しながら歩いていく。
門番がキッと睨んできたが、こちらも鼻を鳴らし彼らを睨みつけた。
(これでとりあえず、身の安全は守れそうね……キング牧師みたいに襲撃されたら水の泡になる……)
木の枝につながれていた馬の手綱を解くリチェを見てたら、はっと、さっきの件を思い出した。
そして馬を引くリチェに詰め寄り――
「なんで教えてくれなかったの!? リチェのおじいさんがエミリア様だってこと!」
「聞かれませんでしたので……」
「え?! 聞かれなかったから答えなかったの? そういう問題?」
問い詰める側なのに、逆に不利な立場になる。
確かに、こちらも聞かなかったが、全く事情を知らない人は、リチェとエミリアが親族だなんて夢にも思わない。
里奈はムッとしながら、地面に落ちている石を蹴る。
結局、彼との距離は縮まっていないのだ。
「怒ってますか?」
「……別に……怒ってない!」
なんでこんなモヤモヤした気分になるのか、里奈には説明できない。
かといって、リチェにニコニコ笑いかける気分でもなかった。
「あの時のように、馬に乗れますか?」
リチェが手を貸してくれようとしたが、里奈はあぶみに足をかけ一人で鞍に上がった。




