お守り
(この人……私のことを試してるんだろうか?)
里奈は率直に感じた。
一人で敵地に赴く覚悟がないと、エミリア様には会わせない。
それがあなたに出来るかしら?
とでもいうような口ぶりだ。
(いちいちムカつくのよね……この人……)
「リナ様……それは……」
「一人で行けますから会わせてください!」
リチェが警告しようとしたが遅かった。
里奈が啖呵を切ったので、リチェはどうしようもない。
「あら、男前ねぇ~。いいの? 敵地でしょ?」
「自分の身は自分で守るために、剣道をやっているので平気です」
「ケンドウ? 何かの武術かしら……でもあなた女の子なのよ~?」
剣道をやってるから大丈夫とは言えないが、ここで逃げ出すわけにはいかない。
あのおじいさんにも、あの作戦を企て実行した人たちにも、ちゃんと伝えないといけないことがある。
里奈は心の中で自分を奮い立たせ、強い眼差しで神父を見つめる。
部屋に一瞬だけ静寂が訪れた。
「わかったわ。エミリア様へアポ取ってあげるから、ちょっと待ってなさい」
里奈の本気が伝わったのか、そう言い残し、神父は部屋から出ていく。
見返りを請求されるかと思ったが、とりあえず保留にして頼みを聞いてくれたようだ。
里奈は安堵して、ソファにもたれかかった。
「リナ様、一人でいくなんて危険過ぎます。何かあったらどうするのですか?」
「大丈夫だよ、多分」
「あいつらは、殿下を殺そうと企てた人たちですよ。何もしてこないと思っているのですか?」
「…………でも一人じゃないと会わしてもらえないし」
イリヤはそんな里奈に近づき、彼女の目線の高さに合わせひざまずく。
「よく考えて行動してください。何かあっては遅いのです。あなたは、この世界から早く去るべき方なのに、この国の事情に足を突っ込みすぎです」
勢いよく責めたててくるが、里奈は目を泳がせた。
心配してくれてるのはよく分かるのだが、ちょっと距離が近くはなないか……?
リチェとちょっと離れつつ反論を試みる。
「そうかもしれないけど……ちゃんと最後まで見届けるって決めたの。今更後に引けない」
「エミリア様に会うのがそんなに重要ですか?」
「重要よ。だって、アルフォードを狙うとしたらあの人たちなわけだから、ちゃんと釘をさしておいた方がよくない? それに、やり方が卑怯だって言ってやりたいし」
「あなたの命を懸けてまですることですか?」
リチェの茶色の瞳が怖い……
里奈は、視線を彼の瞳から逸らす。
別に命を懸けてしようとか思っていない。
でも、リチェがそこまで言うのだからかなり危険なのだろう。
さっきまでの勢いがだんだんしぼんでいった。
そうこうしているうちに、神父がやってきてしまう。
ここで止める訳には――
すると、彼は首からかけていたものを外し、里奈の前に差し出した。
「どうしても、行くというなら止めません。ただし、これを必ず身につけていてください」
彼の手のひらにあるのは、小さい青い石のはまっているリングだった。
そして、リチェは里奈の手のひらにのせる。
「もし、何かあったらすぐあなたの元へ駆けつけれるように――」
「でも、大事なものなんじゃ……」
里奈はそのリングをまじまじと見ながら、彼に問いかける。
確かシルバーリングって高価なものなんじゃないか……
それも、リングには幾何学模様の彫りが施されているので、とっても貴重なアンティークではないのだろうか?
普段アクセサリーを身に着けない里奈でも、普通のリングでないことがすぐわかった。
「それは、あなたの祖母メアリー様の形見の指輪です。あなたに何かあれば、私の持っている魔石に知らせてくれますから」
「そんな大切な形見落としちゃったら困るよ!」
里奈が勢いよくリチェに指輪を差し戻す。
「そもそも落としたら、あなたを探せないので、絶対に落とさないでください」
「うっ……そうだけど……でも!」
「前に話した通り、私はメアリー様にお仕えしていました。残念ながら、彼女を守り抜くことができなかった。だから、絶対にあなただけは絶対に守りたいのです。理解していただけますか?」
彼の茶色い瞳に光がともり、窓から入ってきたそよ風が彼の前髪を揺らす。
(五年前の事件……)
リチェが自分を責め続けていることがよくわかっていたので、里奈はコクリと頷く。
「大丈夫。私は簡単に死んだりしない。無茶なこともしないように約束する。だから指切りをしよう」
そう言って、今度はリチェの前に自分の右手の小指を差し出した。
指切りの仕方がわからないリチェは、首を傾げる。
「日本ではね、約束を守る誓いを立てるときにやるんだ。こうやって小指を立てて、互いの小指にかけて『指切りげんまん嘘ついたら、針千本の~ます、指切った』っていうのよ。いくわよ」
されるがままに、リチェの小指は里奈の小指に絡ませさせられ、上下にぶんぶん振られる。
「指切りげんまん嘘ついたら、針千本の~ます、指切った! よし、これで大丈夫!」
手を離した瞬間、今度はリチェが里奈の手を取り、手のひらの指輪を回収する。
そして、優しく、里奈の右手を取り、人差し指にはめた。
その動作があまりにも優雅なので、里奈は少し俯きながら目を瞬かせた。
(なにこのシチュエーション……漫画じゃないんだから!)
里奈が自分を保とうと必死なことなんて全く知らないリチェは、里奈の右手の上に自分の手を重ねて――
「この指輪に宿りし魔力よ、わが主をどんな危険なものからも守りたまえ。リチェーヌ・ナイトレイが命じる」
すると、指輪の青い石がそれに応えるかのようにきらりと光った。




