少しの変化
「……どうしたの。ご飯わざわざ呼びに来てくれたの? それとも……」
里奈は、意外な人の訪問に首を傾げる。
リチェが呼びに来てくれるとばかり思っていたので、アルフォードが来たのは驚きだった。
一体何を企んでいるのか……里奈は疑心暗鬼になる。
「別に。お前を呼びに来たわけではない」
「じゃあ何よ。閉めるわよ?」
そう言いながら里奈は扉を閉めかけた途端――
「おい! この俺がわざわざお前の部屋まで出向いてやったのに!!」
必死に扉の端を掴みながら、アルフォードが叫ぶ。
(一体何なのよ……。まだこっちは頭の整理がついていないし、前向きに英語を勉強し始めたのに……)
里奈が仏頂面で眺めると、王子は咳払いをしながら、
「お前の作戦の……続きを……聞きに来た……その……さっきは、悪かった……」
と、虫が鳴くような声で言った。
もちろん、そんなの里奈に届いている訳もなく「ハッキリ言ってくれないと聞こえません!」とアルフォードに向かって言い放つ。
「だから、その……さっきは悪かったって……」
さすがに、この対応にムッとして逆切れするかと思っていた里奈は、反撃するどころか謝罪した王子に驚く。
「どうしたの……急に……何か変なもの食べた? それとも、熱あるの?!」
里奈はしゃがみこみ、アルフォードと目線を合わせて、彼をまじまじと観察する。
そして、そんな彼を観察しているのは里奈だけではなかった。
「殿下……ご立派です! ご自分を抑えて謝罪するとは……殿下も成長されましたね」
「リナ様のお力です」
「アンジェリカはうれしゅうございます~」
イリヤ、リチェーヌ、そしてアンジェリカが、ほろりと遠くで彼らの様子を見守っていることなんて、露知らずの二人は部屋に入ることなく会話を続けている。
「熱なんかない! 人が謝罪をしているというのにお前は……。礼儀知らずめ!」
「はぁ!? あなたが、いきなりらしくないこと言うからじゃない! どうせ何か企んでるんでしょ!」
「お前の性格は本当にひん曲がっているな! 別に何も企んでいない! ただ、今後についてお前の意見を聞いてあげようかと思って来ただけだ!」
「性格がひん曲がっているのはあんたでしょ! もういい! 私忙しいの!」
結局、また同じ展開になってきたので、里奈は部屋に戻ろうと、くるりと向きを変えた。
そんな里奈の腕をアルフォードは掴んで、
「お腹すいているだろう? 一緒に食事しよう……」
と俯きながら言う。
(一体この王子は何なんだ……。人のことを振り回しておいて、一緒に食事しよう? だなんて……)
里奈は溜息をつきながら、扉から手を離した。
ちょっとは考えを変えてくれたのだろうか……
勇気を出してくれたのだろうか……
自分を変える気でいるのだろうか……
こつこつ気長にやれば、願いは叶う――とヘレン・ケラーは言っている。
いきなり、彼らの悲しみや苦しみを理解するなんて、きっと無理だろう。
でも、リチェが話してくれたのは、きっと自分に何かを伝えたかったんじゃないだろうか?
今は自分に何ができるのか分からない……
でも、『自分にできること』を探し続けてくことが、大切なのかもしれない。
そう思い直した里奈は、大人しく彼の方を向きながら、
「ちょっとは、前向きになってくれたの?」
と問いかけるように彼に言う。
「車椅子……押してくれないか?」
彼の言葉で、里奈の疑問は少し解けた。
里奈はちょっと待ってて、と言い、急いで例の参考書を部屋から持ってきて、アルフォードに渡す。
「なんだこれは……」
「アルフォードに読んでほしいの。ヘレン・ケラーっていう女性がいてね――」
食事をする部屋に行くまでに、里奈は英文の概要を説明しながら車椅子を押していく。
彼女の話を、アルフォードは罵ることなく黙って聞く様子は、イリヤやアンジェリカ、そしてリチェーヌに驚きを与えたのだった。




