平行線
青年がいなくなってもアルフォードは黙ったまま俯いている。
部屋は急にしんと静まり返った。
(どうしよう……これじゃあ、アルフォードを奮起させるどころか、逆にもっと捻くれてしまうんじゃ……)
里奈は立ち上がり、部屋を一人ぐるぐる回る。
そんな様子を見かねたイリヤが、侍従にお茶を持ってくるよう指示を出した。
「おい、これで満足か?」
アルフォードが顔を上げ、腕を組んだまま、ぐるぐる回る里奈に向かって言った。
冷酷さは感じられるものの、どこか悲しげに見える。
彼の心がズタズタに傷つくことは分かっていたが、想像以上だったので里奈は罪悪感に見舞われてしまう。
「ごめんなさい。あそこまで言ってくるとは思ってなくて……。皆の声を直接聞かないとダメだって思ったけど、もうちょっとやり方をよく考えれば――」
「なんでお前が謝る? これがあいつらの本心だろう。正面から責められてまぁムカつくが、スッキリした」
「え?」
「やっぱり俺は卑怯者って言われていることがよく分かった」
それを聞いた里奈は、意外な王子の言葉に感激し、「ほんと!?」と言いながらアルフォードに詰め寄る。
失敗だと思っていたこの作戦が功を奏して、王子のやる気スイッチが入ったと一人舞い上がった。
「だから、この俺にどうしろと? あいつらの言葉を聞いたからといって、この俺が皆から信頼される国王になれると本当に思っているのか? お前はほんと単純でめでたい奴だな!」
「へ……?」
鼻を鳴らしながら自分を見下す王子は、最初から根性がひねくれた人間だということを、改めて思い知らされた里奈の口からは、もはや何も出て来ない。
(一体どうしたら、こいつは自分の性格を直すようになるんだ……?!)
里奈は、どっと疲れが押し寄せ、椅子に倒れこむように腰かけた。
さっきから、このクソ王子とのやり取りは堂々巡りになっており、結局何一つ進んでいない。
「だいたい、あいつらは俺のせいにするが、こっちも被害者なんだ。人殺しだの、卑怯者だの言われる筋合いはない。それにこっちは足が不自由になったんだぞ! 歩けもしないこの姿で、人前に出られる訳がないだろうが?!」
深くもたれ掛けていた体を起こし、里奈は軽蔑の目で王子を見つめる。
「なんだ……その目は?」
「ねぇ……本気でその言葉を言ってるの?」
そして里奈は立ち上がり、王子の正面にきて、真剣な口調で続けた。
「歩けない人は、人前に出てはいけないの? もし、あなたが昔のように歩けたとしたら、足の不自由な人にそんなことを思うの?」
「なんだ? 急になぜお前が怒るんだ?」
「別に怒ってるんじゃない……。アルフォード自身が、そのことについてどう思っているのか聞きたいだけ。答えてよ」
「別にそう思わないが……」
今までにないくらい、真剣に突っかかってくる里奈を、首を傾げながら見上げる。
本気でアルフォードは、里奈が意図することが分からなかった。
だから、自分の思ったままの言葉を口にしてしまう。
「ただ、今の惨めな自分を皆に見られたくはない。こんな姿、恥ずかしいだろう?」
「恥ずかしい……?」
「ああ、そうだ。もはや俺はどんなに頑張ったって、完璧にはなれない。自分一人で生きられない。誰かの介助なしには階段は登れないし、床に落ちたペンさえ拾うことができない人間だ。そんな惨めな人間に誰が賛同し付いていくと言ってくれる? 自分のことすらままならないのに、国のことなんて守れる訳がないと笑い飛ばされるだけだ」
それを言うアルフォードは、いつものように怒鳴ったりせず、ただ淡々と事実を並べ言った。
彼の言葉の一つ一つが里奈の心に響いてくる。
自由を奪われた彼と、自分の間には深い溝が存在している。
それは自分には計り知れない悲しみや苦しみ、悔しさの溝……
「そんなことない……。アルフォードは間違っている……」
里奈はアルフォードに背を向けトーンを低くしてつぶやいた。
それは彼の耳にも微かに届く。
「間違ってる……?」
「そう、間違っている。なんで、恥ずかしい姿だって決めつけるの? 何で完璧じゃないといけないの? 歩けないと誰も守ったりできないの?」
「…………なんなんだ、お前ほんとにさっきから……」
戸惑う王子に向き直しながら里奈は、自分の思ったことを彼に伝える。
彼が止めろと言ってきたって構わず続ける――
そう思いながら里奈はゆっくり言葉を続けていく。
「私、両親がいないことを昔周りから悪く言われたことがある。あの子は親がいないから可哀そうだけど、一緒になって遊んじゃだめだって。たまたま、友達のお母さんが友達に言ってるのを聞いた時ショックだった。ああ、自分は皆と違うんだって、自分は可哀そうな子なんだって……。でも、本当は違ったの……」
里奈は自分のことを話し始めた。




