知らない闇
時間を少し巻き戻し、リチェーヌが二人を残して一人部屋から去ったときのこと――
彼は、一人ある場所に向かって回廊を歩いていた。
そして、焼けつくされた温室の前で立ち止まり、周りを見渡し誰もいないことを確認すると、ゆっくり慎重に中へと進む。
温室はほぼ全焼で、草木は灰と変わり、ガラスは割れて地面に散らばっている。
リチェは王子がいたところまでやってきて、周囲の焦げ具合を確認する。
温室の右隅が一番酷く、おそらくそこから火が回ったのだろう。
奥の方はほとんどが炭と化していた。
王子を助けるためにここへ入った時、あまりにも火の回り方が早かった。
ただ火をつけただけでは、こうも綺麗に燃えないだろう。
リチェーヌは、ある証拠を見つけるためにここへ来たが、やはり目的のものは見つからない。
(流石に処分しているか……)
腕を組みながら地面を見つめる。
あの炎は間違いなく普通ではなかった。
石油の臭いが微かにしたから、おそらく石油が床にまかれていたとは思うが、それだけではないはずだ。
崩れかけている温室の隅とゆっくり進んでいく。
あの時の炎は、自分の力を持ってしても消し去ることができず、王子と自分を防御するだけで精一杯だった。
もし、あと少しでも彼女が魔法で助けてくれなかったら、今頃は……
リチェーヌはゆっくり目を閉じ、拳を握る。
本来なら自分が守る立場であるのに、助けられてしまった。
あの時は、水龍が制御して消えてくれたからよかったものの、あと少しでも魔法を使い続けていたら、彼女の命が危なかっただろう……。
そのことを考えると酷く恐ろしくなった。
レイラ様の宝物のリナ様を、この世界で死なせるわけにはいかない――
リチェーヌは一刻も早く、彼女を元の世界へ戻そうと心に誓い、踵を返し、里奈がいる部屋へと向かう。
その途中、侍女と侍従が何やらこそこそ話しているのが耳に入った。
いつもなら、素通りするのだか、気になることが聞こえてきたので立ち止まる。
「ねぇ、あの温室って誰でも入れるわけではないんでしょ? どうやって侵入されたのかしら?」
「扉は頑丈な鍵がかかってるって言ってたがな……まぁ、犯人は鍵屋の者なんじゃないか?」
「鍵は王子がもっているのよね? 合鍵が盗まれたんじゃ……」
「それはないだろう? 鍵はイリヤ様が肌身離さず持っているはずだから。手入れのときは必ず、彼が同伴して戸締りもイリヤ様がしているって話だ」
「不思議な話ね……。あの温室のことを知っている人は、私たちのような近しい侍従侍女だけなのに、よく分かったわよね。もしかして、内通者がいるんじゃない?」
「そりゃないだろう~。いたら反逆罪で死刑にされるわ。ほら、無駄話しているとまた、侍従長に怒られるぞ~!」
そういって彼らは持ち場に戻っていった。
影からその会話を聞いていたリチェーヌは、彼らがいなくなっても、しばらくその場に立ち尽くしていた。




